top > blog > Archive: 2020年07月

Archive: 2020年07月

時間とは闘わない。

(おしらせ)
HPに不具合が出て、galleryページとtravelが変になっています。
contactも不備が出ているので、HPからメールは届きません。
修正して、今後はスマホ対応にHPがリニューアルする予定です。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

セシルマクビーが倒産するんだと。
一度も購入したことがないギャル服だから、特に困りはしないんだけど、世代的にド真ん中なので、新宿のセシルマクビーの店を横目で見て歩いていた。
うん、一度も買ったことないけど。
その当時は好みじゃなかったし、自分には似合わないと思っていたから、109とかもそうなんだけど、殆ど入ったことない。
じゃあ、渋谷で何してたかっていうとアップリンクで映画を観たり、ライオンっていう薄暗いクラッシック喫茶で休憩したり、Bunkamuraで展示観たり、シアターコクーンで舞台観たりしてたよ。
平日休みで友だちと予定が合わなかったら、一人でも行ってたし、楽しかったけれども。
一度ぐらいギャルになってみるべきだったかもしれない。
ああいう服とかメイクって攻撃性を感じるほど女性的なんだよね。
それが苦手だったんだけど、ある意味女性であることを肯定して楽しんでいるようにも見えるし、ギャルっぽいのが好きな異性からは高評価で、清楚系が好きな異性からは敬遠される。
私は何故かこの清楚系が好きな人たちに好かれるタイプだったので(清楚じゃないのに)、とってもとっても迷惑だった。
大人しそうだから、グイグイ行けば落ちるだろうって最初っから上から目線でわけがわからん馴れ馴れしいメールとか、「こんなに好きならせてくれてありがとう」的なポエムが届いたり、異性の思い込みにイラッとしたり、ゾーッとしたり、失望したりして忙しかった。
いつも、「私はあなたが思っているような人間じゃないんです!!」って思ってた。
それが、もしギャル服を着たら解決していたかもしれない。
従順な自分だけの奴隷が欲しいだけの勘違いモラ男は「強そうなギャルはやめとこう」ってなるじゃん、多分。
多分、だけど。
私がそういう特定の勘違いモラ男(自分のことも私のことも勘違いしていて、異常に思い込みが深く、認知が偏っている)を引き寄せるのは、私がぼんやりしてて自己肯定感が低い所為だと思う。
単純に色が白いので、弱そうに見えるっていうのと、自己評価が低いので、そういうのを嗅覚鋭くモラ男は見分ける。
青木さやかが自分の母親は教員で一度も褒められたことがなかったので、自己肯定感がとても低いというようなことを言っていたが、そう言われてみれば、うちの母親も元教員で、私のことを一度も褒めたことはないし、放置子だった。
何か困ったことがあっても「あんたが悪いんじゃない?」で済まされたし、父親も子どもをからかって遊ぶような頼りにならない人だった。
学校にも家にも自分の味方はいなかったので、おかしなことがあっても我慢するしかなかった。時々爆発してたけど。
何年か前から「自己肯定感」ってトレンドだけど、私は「自分は自分でいい」と思う感覚には賛成するけど、「自分が正しくて、あいつが悪い」とか、何でも勝ち負けで表現する「異常に自己評価の高い人」は評価しない。相手を打ち負かすことは美しいことではない。でも、それが生きる指針になっている人は多い。
そして、20代はそういう人に寄ってこられることが多く、30代は自己愛性人格障害の男にタゲられて職場でも工房でもハラスメントに遭っていた。
ほんと、20代の時につき合った男と結婚しなくて良かった。危ないところだったぜ!フー!!(汗を拭く)
大体、「オレってすごいんだぜ!」っていう、中身カラッポの自己評価の高すぎる張りぼてのパッチワーク男たちは人を見た時「こいつは利用できるかどうか」っていうのを瞬時に考え、相手への接し方を決める。
職場でそういうことするサディスティックな男って、プライベートでモテないから、同僚が逃げられない職場で女性をいじめて性癖満たしてるだけなんじゃないかしら。ダッサ!
一時、アンティークが好きで家具だけでなく、服や着物もそういうのを揃えていた時期があったんだけど、その時は見事に変な男は寄って来なかった。多分、理解の範囲を超えるんだと思う。
一番危ないのはちょっとコンサバっぽい恰好。
でも、一番似合う(笑)
アンティークが好きだった時はgoaっていうブランドが好きで、コンサバっぽい恰好をしてた時はZAZIEっていうブランドが好きだった。今は両方ともない。
goaがなくなる時は悲しくしてメルカリでTシャツを買いまくってた。
(1枚5000円ぐらいするけど、メルカリだと1000円ぐらいで買えた)
着物はさすがに捨てないけど、もう若い時の服は捨てたり、あげたり、売ったりした。
昔、有楽町で働いていた時、新人OLのアフター5みたいな甘い系の服を着た人が出勤時の駅に沢山いたんだけど、顔を見てみるとなんと40オーバー!!ということがざらにあり、朝から「ヒィッ!」ってなってた。
若い頃からあんまりスタイル変わらない人ってそういうことしがちだよね。
怖いから、ああはならないようにしようと思って、結婚した時にミニスカートとかワンピースとか処分した。
服は所詮自己満足の世界なんだけど、これからは「人を不快にさせない程度の清潔感」が求められる。
年齢的に同級生~ちょっと年上の人を見てて思うのは、髪パサパサとか、谷間見えてるよ!とか、みすぼらしいのとかいやらしいのは許されないと思うわ。
あと、無理してエイジングにアンチせず、私は「年相応」が幸せなんじゃないかって思う。
今、私は時間を戻したい(容姿の)と願う心より、「いかに時短するか」が心を占めている。
よく、時短レシピって紹介されてて「なんで、そんなに時間短縮したいの?」って思っていたけど、働いて帰って毎日ご飯を作って子どもを風呂に入れて寝かしつけていると、ほんとうに時間がない。
夜ご飯も1時間ぐらいかけて何品も作っていたけど、手間暇かけたってどうせ子どもは好きな物しか食べないから、もはや「簡単にできて、食べてくれる物」が基準になっている。
20代で結婚出産してた人たちはこんなこと10年以上前からやってたんだよね。
ほんと、今更、人生のツケを払ってる感じ。

 
ストロベリームーンと彩雲。
両方とも、見ると良いことがあるらしい。

向こう岸へ渡る。

研修でワークショップのサポートスタッフに入った。
午後から自分も制作してみた(それがこれ↑)
アクリルケースと舟の形のおかげで、どんな人でもそれなりの作品に見える(笑)
それと、自然物というのはそれだけで美しい。
私が魚とか花とかキノコとか人とか(人だって自然物)描いたところで、本物の存在感にはかなわない。
本物よりも良い絵が描けたら、それはそれで素晴らしいけれども。

 

このワークショップに参加していて、山に入って「何、拾おっかな~」とうろうろしている時に、ニュース速報が入ってきて(ネットニュースのアプリをダウンロードしているので、地震速報とか入ってくる)、三浦春馬が死んだのを知った。
ファンではなかったので、最初は「は?なんで?」ぐらいだったんだけど、それ以来、何故か悲しくて、「そうだ、これはずっと小さい時から見ていた親戚の子どもが死んだような感じなのかも」と思った。
あと、自殺っていうのは色んな要因があって、みんなアレコレ詮索するんだろうけど、ストレスとかプレッシャーとか不安とか過労とかハラスメントとか、そういう負荷がずっとかかり続けて、精神疾患にならないと選ばないことなので、周りの人は「早く気づいてあげれば良かった」と後悔する。
男性だと弱音を吐くのは恰好悪いと思うだろうし、女性だってずっと愚痴を言ってたら嫌がられるかも、と思って控えたりする人もいるだろうし(私の印象では女の方がぐでぐで文句言ったり、すぐリストカットしたりするような気がするけど)、周りはおろか本人さえも気づかない内に変になっていて、どんどん視野が狭くなってしまって、自分を失ってしまう。
真面目な人ほど鬱になりやすいってよく言うけど、真面目な頑張り屋だと「これぐらいできる」とか「みんなに迷惑かけられないから」とか思って、頑張り続けて、壊れちゃって最終的に一番大ごとを引き起こす。
仕事を辞めて周りに迷惑かけてでも自死は避けるべきだな、と思った。
あんなイケメンで何でもできる人だって病んじゃうんだから、心を病むのは別に恥ずかしいことじゃないんじゃないかな。
なんか、男の人はきっと強くないといけないって思い込んでる。
弱いからおかしくなっちゃうんじゃなくて、頑張ってたから病気になるんだと思う。
石田徹也という画家がいて、31歳で鉄道自殺したんだけど、たまたま私が31歳の時、工房でその人の画集を見ていたら、その日が命日で震えた。
石田徹也はひとつぼ展でグランプリを獲った画家で、ひとつぼ展ってデザイン系の公募展なんだけど(実際、ムサビの視デだった)、なんか意外な作品だな、と思った。
いい絵なんだけど、デザインっぽくなくて、これはファインアートだろうと思った。
すごくファンは多いんだけど、生前は絵で食べていけないからずっとバイトしていたみたい。そういうのっていくら才能があっても苦しい。
絵からしても、もう真面目そうだし、思いつめそうだもの。
もし、石田徹也が親からふんだんに仕送りをもらっていたら、もし、アパート一棟持ってて家賃収入があったら、もし、バリキャリのヒモで養ってもらえていたら、今でも生きて絵を描いていたかもしれない。
でも、そういうこずるいことができないから、ああいう絵が描けたとも言える。
だって、あの絵って日本の耐える男そのものだもの。
別に、男性に限らず女性だって我慢が美徳であると教えられるけど(誰に言われるでもなく、空気圧で)、クレーマーみたいな人とかいっつも喧嘩腰で文句ばっかり言ってる奴とか、そういう人には「ちょっとは我慢しろ」とか「現実を受け入れて、反省しろ」とか言いたくなるけど、あんまり死ぬところまで我慢するって良くないよね。
大爆発する方がまだマシというか、耐えて耐えてひょいと一線を越えるように死ぬ人っているから。
残された方はたまらないというか、答えが出ない(いや、むしろ出ているのか)問題を突きつけられて、尚且つ、それを伝える相手もいないんだから。
自分の子どもが「イジメられて死にたい」とか「仕事がハードで死にたい」とか言い出したら、もう即辞めさせようと決めた。
まぁ、その前に異変に気づける母親にならないといけないんだけど。

時代は変わってきている。

私のミスでHPに不具合が出て、1つブログの記事が消えたのでコピーを貼り付けます。
少しネタが古いような気がするのは、5月の投稿記事だからです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

新型コロナの所為で日本中が自粛生活だけど、私はつい最近まで毎年妊娠・出産していてずっと自粛生活みたいなものだった。
だから、まぁ別に自粛生活は慣れてるというか、特に苦ではない。
それより、お金がないとか仕事がないとかそういう人の方が不安だと思うし、私がもし結婚してなくて、今の仕事にも就いてなくて(今年から新しい職場!)、ずっと東京で一人暮らししてたら、ほんとにヤバかった。
コロナが蔓延しててヤバイという意味でも、今までの職歴の仕事はコロナでなくなってるという意味でも。
コロナで死ぬ前に経済的に死んでるな、と。
昔、在籍していた会社でコロナ前に倒産してる会社もあるし・・・。
自分が思う通りに動いて正解だった。
あの時は、このままではヤバイと思って動いたというより、自分の為だけに生きていくのに限界を感じたので、人の為に生きていきたいなと思って生き方を変えたんだけど。

 

岡村が炎上してるのを見て、余計なことを言わないって大事だなと思った。
「今はしんどいかもしれないけど、耐えた先にはいいこともあるかも」で、止めとけば良かったんじゃないの?
それを、通常なら体を売らないで済むような人までもがお金に困ってお嬢をやるだろう、それが楽しみだ、ということまで言ってしまった。
それで、「そういう考えは女性蔑視である」ということらしいが、それがこんなに大炎上して、何故会田誠の環境セクハラは問題にならなかったのだろう。
別に、どっちも擁護するつもりはないし、岡村の発言はアウトだと思うが、それがダメなら、会田誠の「美術モデルを性的ネタにしてた」という発言もアウトだろう(実際はもっとえぐい表現だったが、マイルドにお伝えしています)。
講演での発言なんだけど、そこに美術モデルがいて「環境セクハラだ!」と訴えたらしい。
美術モデルからしたら、性的な仕事ではなく、芸術のためにやってる仕事なのに、そんな風に言われるなんて不愉快です!ということなんだろうけど。
何故か今後一切関わるなという主催者側がこの人をクレーマー扱いしていた。
もしかしたら、今までもトラブルを起こした人なのかもしれない、それでも私は腑に落ちなかった。
「そもそも会田誠って、そういう奴じゃん」ってことなのかな?
それで、許される時代じゃなくなったのに?
会田誠が変態なのも、岡村隆史がこじらせてるのも、みんなが知っていることではないか。
うん、それを踏まえてもダメでしょう。
私が大学生だった20年前、平気で「おっぱい大きいね」とか言う教授がいて、私が不快であることを伝えると周りの男子がその教授を庇うようなことを言い、それで話は終わった。

高い学費払わされて、何も教えない教授に子どもがセクハラされてたら、親も浮かばれない。
夫なんてもっとひどいアカデミックハラスメントを受けて、不貞腐れていた時期があったらしい。
明らかにおかしいことでも、学生は訴えようがなくて、「上が白と言ったら黒いカラスも白になる」と言っていて、その話を聞いた後に日大アメフト部が同じようなことを言っていて「うぁ、ほんとにこんな世界があるんだ」と思った。
それでも、立ち直って、卒業して試験受かって資格を取ったんだから偉い。
私は子育て中に2度目の大学生をやって、教職と学芸員の資格を取ったんだけど、先生たちが全然違うし、時代は変わったのだと感じた。
採用試験とスクーリングがかぶっていて、卒業に必要な単位が取れなくて、まだ卒業できていないんだけど、資格に必要な単位は全部取り切って、卒業前に就職が決まった(元々、別の四大出てるから卒業してなくても、そういうことができる)。
夫とつき合って「資格って大事だな」って思ったし、まっとうに暮らすっていいなと思った。
通学生の時も通信生の時も何故か教職とか何か資格を取ろうとすると「なんで、そんなの必要なの?」と色んな人に言われた。
20年前は「は?先生になるの?」と小バカにされたり(教育学部じゃないから、そういう感じだった)、周りの教職取ってる同級生もどんどん脱落していった。
今は「もう結婚してるのに、なんでそんなことするの?」と言われる。
つまり、働かなくてもいいのに、という意味で言われる。
でも、一応美術の先生になろうと思って、鳥取に帰ったので、その辺は初志貫徹しようかな、と。
私がこういうことをしていると「理解ある旦那さんで良かったわね~」と色んな人に言われた。普通はやらせてもらえないよって。
そうなのかな?どうして、世の中の奥さんたちはダンナの許可がいるわけ?
どうしてかわからないけれど、まぁ、反対されなくて良かった。
うちの夫は応援しているというより、多分「この人はこういう人だから仕方ない」と諦めているのだと思うけど。
結婚式の時に私の大学時代の友人たちに夫が囲まれて何か言われていて、何話してんだろと思っていたら、式が終わった後、夫に「ねぇ、紗織の友だちに『あの子、フリーダムで迷惑かけると思うけど、よろしくお願いします』って言われたんだけど」と言われた・・・。
それ以降、私が何をやっても「どんだけフリーダムなんだよ」とか「出た、フリーダムが。報連相がなってない!」とか言われるようになった。
自分の頭の中では計画を練って練って実行しているから、周りにも伝わっている気になっているけど、夫から見たらある日突然私が何かを始めているように見えるので「聞いてないんだけど」って感じになるらしい。
だから、今後の目標としては卒業したあかつき(?)には東京で個展をするんだよと話した。
(もう場所も決まってるんだけど、コロナでその画廊がなくなったらどうしよう)
それまで、みんなが元気で生き延びなきゃ。

 

↑ 新作の主版の下地に描いた絵。
これだけでもいいような気がする。