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カミーユの悲劇

泰葉が10年前以上前に離婚した小朝から暴行(階段から落とされたり、運転中に殴られていた)を受けていたとブログで告発しているのを見て、なんとなくカミーユ・クローデルのことを思い出した。
カミーユ・クローデルはロダンの愛人であり、モデルであった女性で、自身も優れた彫刻家だった。カミーユ・クローデルは才能があって、若く美しかったが、寡作でどの作品にもロダンの影がつき纏っている。寡作なのは、ロダンと別れた後、統合失調症になり精神病院に入ったっきり20年出てこられなかったというのと、入院する前は制作しても「ロダン先生が私のアイデアを盗みに来る」という被害妄想にとり憑かれて作品を自ら壊していたからである。
カミーユ・クローデルが19歳でロダンに弟子入りした時、ロダンは独身だったので「愛人」というのも変だが、ロダンには内縁の妻ローズがいて、カミーユ・クローデルからは制作のエネルギーを貰い、ローズからは安らぎを貰っていた。カミーユ・クローデルは美しく才能があったが、ロダンほど狡猾さはなかったし、自己愛性人格障害のロダンに利用されていたにすぎない。(ちなみに、ローズは死の1ヶ月前にロダンに籍を入れてもらえた。正に余命1ヶ月の花嫁)
で、まぁ、落語家と彫刻家に接点はなさそうだが、なんでなんとなく似てるな、と思ったかと言うと落語も彫刻も男の世界という感じがするからだ。で、そういう落語(彫刻)の世界に惹かれて、それをやってる男の人に惹かれたんだけど、相手が悪かったので精神壊されたのが同じだなと。
ただ、今回の泰葉の言ってることを殆どの人は「ハイハイ、またか」と聞き流してるだろうし、ネットには「炎上商法」とか書かれてたし、小朝も相手にしないだろうけど。
炎上商法というか、夫婦間でモラハラに遭ってフラッシュバックしてきてるだけだと思う。泰葉は両極性障害なので、春になって暖かくなってきたから躁状態になって暴走しているだけかもしれない。
離婚した時は金屏風の前でホルダーネックの服を着て、泰葉が「金髪豚野郎」とか言ってて、金髪豚・・・じゃなくて、小朝も大変そうだな、と思った。私だけじゃなくて、世の中の殆どの人はドン引き(特に、男性は)だったと思う。その後、泰葉は「開運離婚」という本を出したり、テリー伊藤に泣きながらわけのわからんことを言っていて「精神疾患を患っているのは・・・?」と思っていたら、案の定、躁ウツ病だった。
ホルダーネックの服を着て肌を露出していたのは「膝を出すな(短いスカートを履くなという意味)」と小朝に言われていた当てつけかもしれないし、テリー伊藤に「あたしを受け入れてくれる男の人がいるはずだ」とか言っていたのは「子どもを生むな(子どもはいらない)」と小朝に言われていて、いざ離婚したら子どもが生める年齢じゃなくなってて悲しくなったのかもしれない。
離婚した時はわからなかったけど、今更騒ぎだしたことによって、私は「カミーユ・クローデルと同じように、泰葉も才能や人生を潰されたのかなぁ」と感じた。でも、こればっかりはいくら言っても被害者が損をする類いの話で言えば言うだけ「イタイ女」になってしまう。
モラハラは裁判しても勝てないし(立証しづらい。高橋ジョージのように加害者が最後まで認めないから)、人に言っても愚痴を言ってるだけに聞こえるし、ブログに書けば不愉快だと叩かれる。ましてや、夫婦間なんて結婚している間は「好きで一緒になったんだから」とか「結婚は忍耐だ」とか、そういう一般論を言われて「私も悪かったのかな?」と思ってしまうから不思議。ヤバイと思ったら、精神疾患を患う前に逃げなきゃ。
「智恵子抄」の高村智恵子が統合失調症になったのも高村光太郎に原因があったのではないかと詩学の先生が言ってたことがあって、びっくりした。高村光太郎は病んでいく智恵子のことを考えて温泉巡りをしたり、九十九里浜に移住したり、亡くなった後も「智恵子抄」を出版したりしているので、モラハラ男とはほど遠い印象だが・・・?
結局、夫婦とか家族という密室の中の出来事の真相はわからないし、それを表に出さないことが美徳とされているから人生を潰された方の言い分は抹殺されるわけだ。職場でも家庭でもモラハラ男にタゲられたらおしまい。我慢してるとどんどん悪い方に悪い方に持って行かれる。病む前に速攻で逃げなきゃ。

カメラ・カメラ・カメラ

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

幼馴染みと関金にあるモダンチックに行ってきた。
子どもの頃から交差点挟んで斜め向かいというご近所さんに住んでいて、何故か同じ年に結婚し同い年の子どもを生んだという同級生。
結婚して引っ越しても、偶然近所に住んでいるので、育児の気晴らしにお茶に。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

子どもが生まれた時、カメラを買おうかと思っていたら、一眼レフを義父が譲ってくれた。
行事の時しか使わなかったので、勿体ないと思いカメラを習いに行くことにした。
以前から写真を本格的にやってみたいと思っていたので、ちょうどいい被写体(子ども)もいるし、いい機会なので練習がてら撮影。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

色んなモードで撮影。雑貨も売ってた。
学生の時は写真の授業をとってた時があるんだけど、その時はデジカメ全盛期だったのでデジカメ(当時流行っていたIXY)で撮ってコピーでわざと荒くして課題を提出したような気がする。
アラーキーの真似なんだけど、天才と凡人の違いがわかっただけだった。
まぁ、写真そのものが作品になる道のりは長くとも、絵の資料にはなるかな。

 

全治8ヶ月

今日、「生後6ヶ月の赤ちゃんが乳児ボツリヌス症で死亡」というニュースをやっていた。
1歳未満の子どもにハチミツを与えてはいけないのは常識だと思っていたけど。
知らないって怖いんだなぁと思った。
私が子どもを産んでから、覚えているだけでも
・生後1ヶ月の子どもの顔がかわいくないから幸せになれないと母親が悲観して飛び降り自殺(二人とも死亡)
・酒を飲んで生後半年の子どもと風呂に入り、母親が湯船で寝てしまい子どもが死亡。
・祖母宅で飼っていた犬に噛まれ10ヶ月の子どもが死亡。
・育児ストレスで9ヶ月の子どもを母親が床に叩きつけ死亡。
うろ覚えだが、赤ちゃんが死んでいるニュースが1年間だけでもこれだけあった。
こういうニュースが出る度にネットで「育てられないなら産まなきゃいいのに」という意見が出てくるんだけど、そんなこと母親だって重々承知の上で産んでる。
産後うつや育児ストレスで頭が正常に働かなくなることだって知識としては知ってるんだけど、自分の身に起こっている時、そこから逃げてクールダウンできないのが育児だと思う。
よくブラック企業で働いてうつになって自殺するぐらいなら辞めればいいのにと言うけど、そこで辞める判断ができないぐらい追い詰められているのと同じ。
私は生後半年ぐらいまでワンオペ育児だったので、ちょっとおかしいんじゃないかと家族に詰め寄って、その後は改善した。
自分が育てやすい環境に持って行かないと、10年後20年後も妊娠~出産~育児中にやられたことを根に持つと思う。
10年後20年後どころか産後2年以内に離婚するケースが多いらしい(産後クライシス
また、産後1年は子どもを守る為に気が立ってるらしい(産後ガルガル期
産後うつぐらいしか知らなかったので、産んでみると「ああ、こういう(心の)変化もあるのか」と思った。
要するに、産むまではおなかが大きくなって出てきたら、そのままスムーズに子育てできると思っていたが、思うように動けなかったり、精神的に不安定になったり、ビジュアルが衰えたりする等の誤算が出てくる。
出産は全治8ヶ月っていうのにはすごい納得した。
昔のお母さんは産後の肥立ちが悪くて死ぬケースが多かったみたいだけど、全治8ヶ月の重傷を負ってる時にムリしたら危険だ。
それでも、お母さんたちはみんなムリしながら育ててるんだけど。
だから、事故や危ない心の変化に気をつけないといけないし、周りに助けてもらわないといけないと思う。
ハチミツのことも知ってるおばあちゃんとかおばちゃんがいたら与えなかったんだろうけど。

子育てブログ

子育てブログってどうなんだろうな~と子どもを産む前から思っていたので、なるべくこのHPには子どものことを書かなかったけど、この1年は完全に赤ちゃんイヤーだった。
(そもそも、このHPは個展のお知らせをしたり、来場者が後々興味を持ってくれた時に見てくれたらいいな、と思って作ったのでなるべく子のことを書かなかった)
今は「母と子は常に一心同体、どこに行くにも一緒!」という感じ。
一緒に動物園や水族館に行って情操教育になる、とかいうのはもっと先の話で、まだ親の行きたい所に連れ回しているだけ。
生後1ヶ月でスリングに入れてファミレスや美術館に行き、コンビニでは知らない人に小型犬だと間違われた。
東京にも子連れで行って、うっかり満員電車にベビーカーで乗ってしまったり、一時預かりが1時間1000円であることに驚いたりして(鳥取の保育園なら200円、ファミサポでも500円)都会で育てなくて良かった・・・と思った。
何が言いたいのかというと子どもがいてもどこにでも行けるし、ママがしたいことをしている方が精神衛生上よろしいんじゃないか、とこの1年で感じた。
子育て中だってずっと家にいなくてもいいんじゃないか。
それで、ストレス溜めて産後うつになったり、虐待とかする方が危ない。
私の子は人見知りもしないし(むしろ、年配の女性を見たら自分から愛想を振りまく)、雑貨屋とか飲食店に行っても騒がないし、家にいて煮詰まるぐらいなら外で子育てした方がいい。
それで、子どもが病気になるんならやめるけど。
ならないし。

 

リアルタイムでは記憶にないんだけど、私が幼少期にアグネス論争というのがあった。
アグネス・チャンが職場に子どもを連れて来て、それに対して「大人の世界に子どもを連れて来るな」と林真理子たちが嚙みついたという騒動らしい。
(その後、林さんも結婚して子どもを産んでたけど、一切子どものことは語らなかった)
アグネスさんは子連れでもいいからと職場の人に言われ復帰したのに、その周りで仕事をしていた女性に反感を買った、というのが私の印象で、それについて「何が悪いの?」と思った。
ただ、そういうクレームが来た場合、私だったらさっさとベビーシッターを雇って子どもを家で見てもらう方法を取るけど。
アグネスさんはその後、自分の子どもをこの国の大学に行かせるのはどうかと思って子ども全員スタンフォード大学に行かせたらしい。
それって、母親によっぽど強い意志がないとできないことだと思う。
子ども4人全員東大理Ⅲに入れた母親は1歳までに1万冊読み聞かせをして(その時点で私はできてない)、タイマーを使って徹底したスケジュール管理をして勉強させてたらしいから、アグネスさんもすごい教育に力を注いだんだろうと思われる。
林さんたちの言い分もわかるけど・・・アグネスさんを叩いてたのが全員未婚の働く女性だったので、そこも「それってどうなの?」と感じた(後々、自分の身に降りかかってこないの?と)
私が子育てブログをやらないのも、独身や子どもがいない友だちいっぱいいるし、世の中には不妊治療をしている人もいるわけだから・・・要するに、こっちが何の気になしでやったことで反感買いたくないな、と思ったからだ。
私に今、子どもがいなくても人の子どもの写真を見てイラッとしたりはしないけど。
そうじゃない人もいっぱいいるんだな、と思う。

この世界の片隅に

「君の名は」はともかく、「この世界の片隅に」が観たいと母親に言ったら、「何故、漫画の映画にお金を出すのか」と言われた。
私たちの世代は生まれた時からアニメがあって、夏休みになればドラえもんやディズニーの映画を観て、中高生になるとジブリを観て(ガンダムやエヴァンゲリオンの人もいただろうけど)、大学生になるとヤン・シュワンクマイエルやユーリ・ノルシュタインのアニメを観た。
別に、映画館でお金を払って観るならハリウッド超大作だけ!とは思わない。
(その前に私は観るのがミニシアター系ばっかりで、ハリウッド映画を殆ど観ない)
漫画やアニメの中にも文学作品と同じくらいクオリティーの高い物語があるよ、と思う。

しかし、実際、映画館に行ったら母親世代のオバチャン~オバアチャンばっかりでびっくりした。
年配の人からしたら、懐かしい感じのする安心して観れる映画なのかも。
ただ、主人公すずが生きてたら今頃100歳ぐらいになっているので、観に来ていたオバアチャンたちの母親世代がドンピシャだと思う。
19で知らない人の家に嫁に行って、気が強い小姑がいたりして、小言を言われたり、工夫したり失敗したり、こんなんだったな~というのは同じだろうけど。
もし、私が東京で一人暮らしを続けていたら、それは遠い世界の話に思えただろうし、地方出身者同士で結婚してお互いの実家と疎遠な核家族で暮らしていても「よく昔の女の人はこんなの我慢できたね」と思っただろう。
私も結婚した時、自分のワガママを全部抑えて、家の人たちの言う通りにやってたので、主人公が実家に帰ると言うと、ダンナさんが「まだ人んちなんか!」と言っていたのに対して、わかるわかると思った。
人んちだよ。
今まで自分の為だけに生きてきたんだもん。

戦争中の広島が舞台なので原爆投下もされるんだけど、他の戦争映画と違ってあまり残虐な感じはしないのは絵柄と主人公の性格によるものだと思う。
ちょっとおっちょこちょいだけど、憎めないキャラクターって漫画に出てくる少女の鉄則で、そういう主人公に観てる人は「私みたい」って感情移入しやすくなってるんだ、と子どもの頃から思っていたけど、全然違うから気をつけた方がいい。自分はあんなに健気じゃないから。
それはともかく、主人公はお裁縫が苦手で特に器量がいいわけでもない普通の娘で、唯一絵を描くのが得意なのに爆弾に当たって右手が吹っ飛んでしまう。
それでも、あまり残酷な感じはしなかった。
私の最初のトラウマ漫画は「はだしのゲン」で、小学生の時に図書館で泣きながら読破して、「もしも、世界が間違っている方向に進んでいる時、私はNOと言えるだろうか?」と見事にゲンの思想に染まった。
戦争の悲惨さは伝えないといけないんだけど、あんな残酷な内容で政治的思想の強い漫画がよくジャンプに連載されたり、図書館にあったよなと思う。
「この世界の片隅に」はそういう部分はなくて、あくまでも普通の生活をしていて、その普通さや平凡さって大事だねと思える話。悪い人も出てこないし。
あと、話に伏線がいっぱい張ってあって、それも良くて、物語は細部に宿るというかディティールが細かく描かれているから、そういう丁寧さは女の人が好きそうな映画だった。
だから、映画館がオバアチャンだらけだったのかな?

 

やりがい搾取

国立西洋美術館の求人が話題 こんなにハイスペックなのに時給1240円?!

国立西洋美術館で研究補佐員が募集されていて、その内容がネットニュースになっていた。
条件が「西洋美術専攻で、修士以上でフランス語など2ヵ国語が翻訳できて美術館での勤務経験あり」というハイスペックな人を求めているのに、月給12万円程度という募集内容だったから「そんな奴おるんかい!」という話だった。
いや、いる。
美術界は院卒で教職やら学芸員やら芸術士やら資格を持っていても、それを生かせずにバイトしながら(それもバイク便とか全く別ジャンルで)何かを夢見ているピーターパン・シンドロームな人間がゴロゴロいる。
田舎で親が泣いてるぞ!と言っても無駄である。
彼らはピーターパンなのだから。
看護師か何かやってる面倒見のいいウェンディーでも見つけて寄生するしかない。
何故、彼(彼女)らはどんどんハイスペックになっていくのに、社会とかけ離れていくのか?
それは学者とか研究者と同じだからだ。
30すぎても、留学したり博士号取ったりする人がいるけど、それは箔をつけたら大学の仕事とかにありつけるかな~と目論んでいるような気がする(それよりは人間関係、つまりコネの方が重要だと思うが)
そして、やればやる程、自分はまだまだだと思うからどんどん追及していく割に仕事はない。
私はこの求人を見て、一番大事なのは「協調性」なんじゃないかと思った。
これだけの西洋美術オタクは何らかの専門があって、その分野、その時代、その画家には深い造詣を持っているが、他のことをあまり知らなかったり、チームプレイが苦手だったりする。
それよりは学士でもいいから、西洋美術を学生の時に専攻していた社会人経験がある人をバイトで採用して、1年後に学芸員の本採用の試験するからバイトの間に勉強してね、というスタンスにした方がオールマイティな人材が育つのではないだろうか。

 

ネットでこの求人が話題になったのは報酬が安くても頑張る「自己実現ワーカーホリック」や「やりがい搾取」に結びついているからである。
給料安くてもやりたいことができて幸せでしょ?みたいな。
専門知識を持っている人材にはそれ相応の対価を支払うべきだし、安く雇いたいならレベルを下げて入ってきた人を育てるべきだ。
それを美術界はしない。
ハイスペックで奴隷になる人間が欲しいだけだ(若くて文句を言わない奴が一番使いやすい)
ボランティアや安いバイトを使って、ガミガミ怒って、「こんなことも知らないの~?」とバカにして自分が優越感を得る為だけの使い捨ての駒が欲しいだけ。
それで、人一人の人生を潰したところで、次から次へとカモは現れる。
今、各地で町興しイベントでアートを利用しているけど(越後妻有と瀬戸内芸術祭が成功してるから)、全然専門外の役人のオジサンたちが運営して、地元のオジサンたちが反対してイベントを潰して、若いアーティストやボランティアスタッフが振り回されている。
こういう阿漕なことを個人でやってる人もいたし(ex.若いイラストレーター志望の人を「君の勉強になるから」と使いっぱしりにしていた自称アーティストのオジサンとか)、私の住んでいる所でもやりかけて頓挫していた(ex.うちの近所でアーティスト・イン・レジデンスで作家を呼んだ直後に地元住民が反対して作家が住む場所を使えなくしていた)
こういうことが地方だけでなく、全国的に行われていて、それも国立の美術館がやっちゃうんだね、と思った。

 

アートの力

兵庫県立美術館で開催しているアドルフ・ヴェルフリの展覧会に行ってきた。
アドルフ・ヴェルフリは私が最初に興味を持ったアウトサイダーアートの画家で、30代で統合失調症になり、その後死ぬまで30年間も精神病院で過ごしている。
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統合失調症の患者の描く絵は執拗な文様の繰り返しが多く、それがデザイン的なのに素朴な味わいのあるものが多い(手書きで、洗練されてないから)
大学で心理学ゼミを取ったら、何故か精神疾患のある方への絵画療法が授業のメインだった(勿論、ユングやフロイトもやるんだけど)
私にとってはすごく興味のある内容だったが、①朝早い授業、②必修科目ではない、③テキストが全部英語で、なおかつそれを翻訳して要約して発表しなくてはいけない、という理由からか、生徒がどんどんいなくなった。
同級生に訊いても、その講座の存在を覚えている人がいなくて、もしや私が見た夢なのかな??と思うぐらい影の薄い講座だった。
しかし、制作をしている人というのは自分の身をもって絵画の力を知っているので、絵画療法を学ぶのは有益だと思うし、実際に絵画療法士として活動している先輩もいる。
絵を描いていて精神疾患が治るわけがないと思われるだろうし、ただ描かせるだけなら紙や鉛筆を渡しておけばいいだけだと思われるかもしれないけど、実際にその競技をやっていた指導者が教えるのとやったことがない指導者が教えるのとは違う。
アドルフ・ヴェルフリに話を戻すと彼を担当した精神科医が彼の絵を認めて世に出さなかったら、時代的に彼は犯罪を犯したただの狂人扱いである。
まだ、精神疾患に偏見の強い時代(明治ぐらい)だから、幼女暴行など繰り返す30代の男が日本にいたら「狐憑きじゃ」と言われて座敷牢に放り込まれていただろう。
統合失調症は強いストレスが長期間かかり脳が正常に働かなくなる病気で、早い段階で正しい対応が求められる。
放置したり、閉じ込めたりすると被害妄想をこじらせる人が多い。
アドルフ・ヴェルフリの犯した罪は少女に対する暴行なのだが、その前に何度も何度も身分違いによって恋愛が破られている。
あと、彼は貧しい家庭に生まれ、9歳と11歳で両親をなくている。
そこまではヘンリー・ダーガーと似ているし、その後の環境も悪く孤独であったというのも似ている。
どちらかというとヘンリー・ダーガーの方が少女にいたずらをしそうな絵を描いているが、彼は教会の掃除夫で犯罪は犯していない。
アドルフ・ヴェルフリのトリガーは女性だったと思う(ロリコンというより、子どもの方が逃げないから幼女が被害にあったように感じる)
絵は全くそういうものは表れていないが、もし精神疾患にならず脳がフツーに機能していても、描くことによって挫折を乗り越えて行けたんじゃないかと思う。
家庭に拠り所がなく、社会でも虐げられて、異性に否定されていても、文章を書くことや絵を描くことは自由な世界であり、点数がつかないものである。
(インサイダー、つまり芸大を出てナントカ会の会員で、絵に値段がついているようなプロは違うけど)
創作している間、フロー状態になることによってストレスが緩和する(嫌なことを忘れられる)ことにより、瞑想と同じような効果も得られる。
そして、それが評価されることによって、本人の自信にも繋がる。
ヘンリー・ダーガーの場合、入院した時に彼の部屋に入った隣人によって大量のノートが発見される。
隣人がたまたまアーティストの夫婦だった為、彼の創作が素晴らしいとすぐに理解して「あなた、すごいじゃない!」と病床のヘンリー・ダーガーに伝えたそうだ。
そして、彼の死後、作品は発表されて部屋も数年間保存されていた。
正に「発掘された才能」感じ。
アドルフ・ヴェルフリも彼の才能を認めた精神科医に色鉛筆を渡されている。
ほんの些細なことかもしれないが、そのことによって彼の作品はうんと良くなっている。
晩年は自分のことを「偉大なアーティスト」だと思っていたらしい。
うまくいかなかった過去を引きずって女性に対しての被害妄想を膨らましていくより、よっぽどマシな誇大妄想だと思う。
アドルフ・ヴェルフリもヘンリー・ダーガーも孤独な人生だったかもしれないけど、自分を導いてくれる精神科医や理解してくれた隣人がいたことが最大の救いである。

闘病記

「くも漫」(中川学)と「蘇る変態」(星野源)を読んだ。
両方共、くも膜下出血で倒れて手術をして完全回復した人の話だった。
癌とかエイズとか、死を意識せざるを得ない病気は勿論怖いけど、くも膜下出血なんていつ何時起こるかわからない病気も怖い(しかも、予防策がない)
くも膜下出血で倒れた人の3分の1は完全回復するが、あとの3分の1は後遺症が残り、残りの3分の1は死ぬらしい。
だから、この二人はラッキーな方で、「くも漫」の人なんて漫画のネタにして、それが映画化するんだから回復して作品に昇華できて良かったね、という話である。
ただ、この人はススキノの風俗店で発症してしまい、後々それが親族にバレ、小学校の臨時講師も他の人に取って変わられて無職に戻るというダメさ加減。
しかし、ネタとしてはそこがなければ全然面白くない。
「人間仮免許中」(卯月妙子)で卯月さんは歩道橋から飛び降りて、顔面崩壊した後の顔を鏡で見て、右目がワンブロックずれていて「もらったー!」と思ったらしい(視神経が切れて片目失明したのに)
それと同じで、人として恥ずかしいことや異常なこと、フツーでは起こらないことが身に起こると自分の中のピエロが「人に話したら面白がってもらえるかも」と思ってしまう変なサービス精神の持ち主は一定層いるらしい。
それを人に伝えるには面白おかしく漫画に描くとか、人を引き込む話術があるとか、エンターテイメントの能力が必要だが。
じゃないと、ただの暗い話になってしまう。

 

私がバセドウ病で入院したり、手術したりしたのもこの二人が発病したのと同じ30歳の時で、ある日突然一気に病気が噴き出した感じだった。
30歳になるとそれまでの膿が出るらしい。
大学1年生の時、眠れなくなったり体重が1年間で8㎏減ったりしたことがあり、振り返ればその時から兆候があったのだが、20代は何も気にならなかった。
30歳の春ぐらいに知り合ったカメラマンに写真を撮られた時、じっとしていても手が震えてると指摘された。
その時には不眠に加えて手の震えと異常な量の汗、下痢、眼球突出がひどくなってて、病院に行ったら機械でエラーが出る程、甲状腺ホルモンが分泌されてた。
暑くなっていく季節の中で、医者に「熱帯夜とかね、熱がパーッと上がって命持って行かれちゃうこともあるから気をつけて~」と言われた。
え~と、一体どうやって気をつければ・・・?
しかし、その後すぐにホルモンを抑える薬による薬害で肝炎になり、入院して甲状腺を手術して半年ぐらいで片がついた。
その間、ずっと一人で東京の病院に入院していた。
紹介してもらった病院に入れなくて、倶利伽羅紋紋の入れ墨を入れたヤクザと死にそうな老人しかいない野戦病院みたいなところに回されて、薬害だって言ってんのにウィルス性肝炎の治療をされて悪化して、「じゃあ、自己免疫性肝炎かな?」って、肝生検もしないままステロイド剤を使われて、結局原因がわからなくなってしまったり、バセドウ病が診れないからって入院中に外の診療所に行かされたり(そこの先生が治療方針に疑問を持って、診察中に入院中の病院の医院長に電話をかけて喧嘩をして、その野戦病院から出ることができた)、もの凄いギャルメイクの汚い茶髪の看護師に怒られたり(弱っている時に嫌いな人種に上から目線でキレられたのが嫌だった)、夜中に今にも死にそうな骨と皮だけのバアサンが隣でうめき声を出していて「大丈夫ですか?!」と声をかけたら「学友と戦争中に火の中を逃げた夢をみた」と言われた寒すぎる夏・・・。
それまで、私は経済的にも精神的にも自立していると思っていた。
大学時代の友人は親にマンションを買ってもらったり、海外旅行も親の金で行ってたけど、私は違う。
海外旅行も自動車学校も引っ越しもアパートの更新料も個展の費用も全部自分で払った。
鳥取から上京した中高の同級生は社会人になるとお金が足りなくなって、テキトーな男に寄生してそのまま同棲してなし崩し的に結婚していたが、私は違う。
私は男に頼らず全部自分でやってきた。
が、入院して「全部自分でやるのはやめよう」と思った。
星野源も倒れる前のエッセイ「働く男」では「女にモテたい。金を稼ぎたい。過労死しても構わない」と書いていたけど、くも膜下出血後は考えを改めたらしい。
「病気が教えてくれた」なんて、ただの負け惜しみで、病気にならないならならないで、健康な方がいいじゃん、と思っていたけど、病気が教えてくれることは確かにある。
神様が「このままでは破綻するから、これまでの考え方を改めてごらん」と言って、休憩をする為にその人から一旦全てを取り上げるのだ。

3万分の1

高校2年生の時、親を説得して夏休みに1ヶ月東京の予備校に行かせてもらった。
定年退職した美術の先生がやっている画塾に通っていたけれど、あまりにもデッサンが古くて、予備校に行かないと美大には受からないと思った。
基礎科に入ったので、周りは同い年で浪人生はいなかった所為か、全く劣等感を抱かなかった。
ていうか、デッサンで2番だった。
1番目にうまいAくんは背は低いけどイケメンでその近辺で一番の進学校に通う生徒だった。
寡黙な人だったけど、ツンとすまして周りを見下しているわけでもなく、周りと仲良くしていたように思う。
高校3年生になって、再会するとAくんは同じ予備校の女の子とつき合っていた。
しかし、クリスマスイヴには別の女の子を連れていた。
私は一時的に寮に入って予備校に通っていたのだが、その寮を退寮させられていた女の子がいて、それがどうも部屋にAくんを連れ込んだのではないか、という噂だった。
あまり親しく話したことはないけれど、何かスキャンダラスな人だ、と思った。
講師からの受けもあまり良くなくて、明らかに私よりうまくなっていたけれど、Aくんは「劇画調で好きじゃない」と言われ、私は「素直ないい絵だと思う」と励まされた。
結局、Aくんは2つぐらい現役で受かって大学に行ったが、デザイン科なのに就職しなかった。
そして、何故か漫画家になっていた。
デビュー作がヴィレバンに売っていたので、買って読んだが、買ったことを後悔した。
その後、原作付きで何冊か出版していたようだが、原作を付けて正解。
さすがに絵は上手いんだけど、ストーリーが気持ち悪くて、これはファンがつかないだろうと思った。
ただ、他にも私の知り合いで漫画を描いていた人っているけれど、彼が一番漫画家として成功していた。
他の人たちは1冊も単行本を出してないし、デビューしてそれっきりとか、たまに雑誌のイラストを描いている程度で、難しい世界なのかなぁ、と傍から見ていた。
そんなAくんも最近見かけないなぁ、と思っていたら数年前に自殺していた。
ライブドアニュースとかにも載っていたらしいけど、私は鳥取に帰ってゴタゴタしていた時期だったので、全く知らなかった。
そもそも、現役生の時の予備校の同じクラスの人なんててんでバラバラで繋がってない。
一昨年、その予備校で同じクラスだった岡部くんが鳥取に障がい者アートの関係でやって来たことがある。
それは嬉しい再会だっただけど、今回のAくんはかなり嫌な再会だった。

 
日本では毎年約3万人の自殺者がいて、それが2012年以降減少して3万人を下回ったとか言っているけど、遺書がないから変死になっている人たちが10万人以上いるらしい。
私の知らない場所で戦争でもやってるんじゃなかろうか。

表現の自由。

【ろくでなし子裁判】スプツニ子!さん「芸術家にとって『女性器を使うな』は『この色を使うな』と同じ

「芸術家にとって、女性器をテーマとして扱うなと言われることは、「この絵の具の色を使うな」と言われるようなものです。それは、「この絵の具の色は使ってはならない」と言われたまま、絵を描き続けなくてはならないのとすごく近い。
女性器は、色々なもののシンボルとされています(男性器もそうですが)。ジェンダーの違いを表すシンボルとして、何かものが生まれてくる場所として、それを形として使えないままというのはおかしい。」

スプツニ子!の言いたい上記の内容はアートに興味のない人にはピンと来ない話かもしれない。
私も制作しているけど、ジェンダーをテーマにしてないので、「この色(=女性器)を使うな」と言われても別に困らない。
だけど、その色があることを知っていて、どうしてもこの画面(表現)にはこの色じゃないとしっくりこないんだ!と思い入れがあるものを表現して発表して猥褻物陳列で逮捕されたら、私も理解が得られるまで闘うかもしれない。
・・・いや、闘わないな。
「あ、はい。すいません。変な物作って。私がバカでした」とか言って撤収して、あとで誰かに「こんなこともできないなんて日本はクソだな。どいつもこいつもわかってない!」とか言う。
多分殆どの人がそう。
だから、今回ろくでなし子に加勢したスプツニ子!は偉い。
大人だから、私も自分が「違う!」と思ったことに対して、理路整然と闘いたいけど、根が感覚派でフワッと雰囲気で生きてるから、咄嗟に「これこれこうでおかしいだろ!」と出てこない。
スプツニ子!はゴリゴリの理系女子だから、闘い方が理屈でねじ伏せてくるようなやり方だ。
割と、絵を描く人って大人しい人が多いので(実際はもの凄く気が強いのに、一見そう見えないからつけ込まれるようなタイプ)世間に潰されがちというか、本人の気質もメランコリックな人が多い気がする。
以前、バンドをやってる人とつき合っていた友人がその男と別れた後、絵を描く知人たちを家に招いたところ、その家のお母さんに「絵を描く子って、バンドやってる人と違って騒がないのね」と目を輝かせて言われた。お母さんのお手伝いもするしね。
ただ、社会においての「困ったちゃん度」で言うと
小説家>バンドマン>アーティスト>漫画家>役者>音楽家
のような順番であまり大差ないように感じる。
子どもの頃から基礎を叩き込まれ、厳しいレッスンに耐えて声楽とかピアノとかの音楽活動をしている人が一番礼儀正しいと思う。
芸大生の花見に呼ばれて行った時、チンドン屋みたいな油絵科の知人たちに混じって、新作のバーバリーのワンピースを着て背筋を伸ばして正座をしている女の子がいた。
明らかに異彩を放っていたその子は音楽学部のバイオリン科の生徒だった。
育ちが違うっていうのもあるんだけど、クラッシックを叩き込まれた人と既成概念を壊して新しい物を作るのを目指している人の違いを感じた。

話がズレたけど、コンセプチャルアートをやってる人は既成概念と闘い続ける宿命にあるんだなぁ、と思った記事でした。