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Archive: 2015年08月

ギャラリーストーカー

アートソムリエの山本冬彦さんのブログに共感できる記事があったので、紹介させていただきます。
ギャラリーストーカーとは主に女性作家を話し相手に長々とギャラリーに居座る人のことです。
作家は観に来てくれた人に失礼がないようにニコニコしてるし、お茶やお菓子は出してくれるし、何よりもタダだし!キャバクラより全然いいんじゃないか、と思います(笑)
私が大学卒業した時は「パーテイ荒らし」というのが有名でした。
オープニングパーテイに行って飲み食いして帰るという人で「あれ?あの人って結局誰の知り合いだっけ?誰か話した人いる?」みたいな。
ただ飯を食って帰るだけ、という・・・。
ギャラリーストーカーは作家に入り込んでくるので、もう少し面倒臭いです。
個展を開いている作家はお客さん相手に邪険にできないし、正直、ストーカーなのかファンなのかわからない人もいるんですよね。
1、2万円の作品を買ってくれたり・・・。
それで、さらっと開放してくれたらいいけど、後々までわけのわからんメールを送ってきたり、家に来たりしたら・・・それはストーカーです。

作家側がどこかで一線を引くのが一番いいとは思うんだけど、ストーカーをしているという意識のない人もいます。
実際、個展会場で仲良くなる人(老若男女問わず)もいるので、線引きが難しいケースもありますよね。
明らかに、面倒な客の場合、そこで長年商売やってるギャラリーのオーナーが助けてくれたりすることもあるんですが。
散々わけのわからないことに巻き込まれた私が言えること・・・
それは、作家を疲れさせていたらストーカー予備軍だということ。
相手を不快にさせていたらハラスメント、みたいな基準です。
作家はそういう所を見せないでしょうけど、げんなりって顔に書いてあったら、さっさと退散しましょう。

「週末はギャラリー巡り」山本冬彦著

北斎漫画

先日、エンブレムの話を書いたら、その後、次から次へと疑惑が出てきましたね。
それを見てて思ったのですが、なんとなくこの人、作品に一貫性がないな、と。
ポスターやらキャラクターを見たら「これはナントカの作品だ!」ってすぐわかる人じゃないんだなって。
予備校で蜷川実花と同じだったってどっかに書いてあったんだけど(大学も同じはずだけど・・・大学の同級生って書き方がしてなかったってことはどっちかが浪人して学年がズレたんだろうか)、蜷川実花とかはすぐわかるわけです。
写真にしろ、映画にしろ、本人が滲み出てる。
好き嫌いはあるのかもしれないけど、それは置いといて。
デザイナーも作家のようにある程度キャリアを重ねたらそういうのがあった方がいいんじゃないかな~と思うのです。
私がデザイン科にいたのは宇野亜喜良とかミュシャとかが好きだったからです。
二人とも作家性が強くて、デザイナーっていうか、もはや作家じゃんって感じ。
で、浪人してる間に予備校にMacが導入され、「手で絵が描きたい」私は何かが違う・・・とようやく気づくのです。
そして、ハンス・ベルメールという人形師のエングレービングを見て、銅版画をやろうと本格的に方向転換を図りました。
周りから見たら、マジで何やってんの?って感じだったんだろうけど、それで良かったと思います。
別に自分に銅版画の才能があるとも思わないけど(細密描写系じゃないしね)、自分は平面系ではあるが、デザインでも油絵でもなかったのです。
銅版画はヨーロッパで生み出された技法ですが、日本人の気質によく合うと思います。
平面的で、線を多用しているところなんか、そのまんま漫画文化と同じです。
日本には浮世絵という木版画があったのですが、浮世絵も元々ポスターや漫画の役割をしていた物です。
北斎の絵なんかユーモラスで、観ていて旅をしているような、江戸時代にいるようなワクワクした気持ちになれます。
北斎は水の画家で、多種多様な水の姿を描いた「阿弥陀ヶ滝」などは特にすごい。
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初めて観た時、宇宙人の絵かと思った(笑)
滝壺の手前、奥を表現する為にグラデーションが施されているのが、また不思議。
遠近法が入ってきた時に画狂人・北斎が生きていたら、どんな絵を描いただろうか、と思われます。
「画に師匠はない」と言っていた北斎ですが、北斎の師は自然です。
自然を観察し、自分の工夫した表現で描き出す。
現代のように何でもパソコンで調べられて、美術館に行けば色んな作品を観ることができ、学校では色んな技法を教えてもらえる時代ではないのです。
私も時間があれば、ただひたすら観察して描くことをやりたいもんです。

映画の紹介

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お盆に地元で1夜だけ百円の恋が上映されました。
今年の春、テアトル新宿で上映されていた映画らしいのですが、何故そんなミニシアター系が倉吉市で・・・?という感じなのですが、脚本を書かれた足立紳さんが倉吉出身なのだそうです。
で、その足立さんのトークショーもあったのですが、足立さん自体が面白かったです。

100円ショップの中の人物描写がすごいリアルだな~、と思っていたら、足立さんは実際100円ショップでバイトしていた時期があったそうです。
経験したものって確実に自分のものになりますよね。
無駄だった、と思う仕事や恋愛も後々糧になるところが表現者のおいしい部分です。
「百円の恋」はとにかく、安藤サクラの身体能力が高いところに驚きます。
いくら役者だからってあんなにボクシング上達しないと思うんだけど・・・。

 

漫画が面白がれるほど回復

今度は最近読んで面白かった漫画の紹介です。

絶望名人カフカの人生論
絵=平松昭子 監修=頭木弘樹
同タイトルの本の漫画化です。すごい絵と組み合わせたな~と思いました。
フランツ・カフカはある朝、目が覚めたら巨大な虫になっていたという「変身」が一番有名ですが、生前は今ほど有名作家ではありませんでした。
保険の仕事をしていて、小説は夜に執筆していて、その内に体を壊し、彼の死後、友人の作家が作品を纏めてくれたそうです。
私が小説以外で知っていたカフカはそのような感じで、大体、みんなが知っているカフカもそのような認識だろうと思っています。
絶望名人~には我々と同じように愛に悩み、健康を異常に心配し、仕事と制作の狭間でイライラして、自分の将来に不安になるカフカの人間らしい姿が見て取れます。
ていうか、不安になりすぎだろ!!と思うぐらい、全てに二の足を踏んで行動しません(特に、結婚に関しては3回婚約し、3回とも破棄しています)
最初は「カフカ、ヤバイな~」と思って読んでいたのですが、だんだん自分との共通点を見つけ始めてしまいます(私は不眠症なのとパンの為の仕事をしたくない所と異性とは手紙のやりとりが調度いい所が共通点です)
病気になっても絶望しないのも似ています。
病気になり、私もカフカのようにそのまま死ねたら良かったんですが、うっかり生き残っちゃったので、そこからが大変でした。
入院してた時の方がまだマシだったと思うほど、社会復帰するのがしんどかったです。

・「描かない漫画家」全7巻
えりちん
連載当時、漫画家とイラストレーターの中間のような仕事をしている友人に何の気になしに貸したら、ストーリー漫画を一度志したことのある者にとっては恐怖の書だったらしく「私、こんなんじゃないよね?!」と必死の形相で訊かれました。
そんな深い意味はありません・・・。
子どもの頃、漫画家に憧れて、実際に漫画を描いて賞を獲ったり、デビューをしたことがある人というのはずっと漫画に対して何か思う所があるらしく、漫画について語ったりしますよね。
1人だけでなく、そういう知り合いが数名おります。
彼らにとって漫画は仕事あり、夢でもあるようです。
次に紹介する東村さんほど売れて、連載を何本も抱えていたら、夢どころではないでしょうが・・・。
漫画家ではありませんが、ビックマウスの割にやることがしょぼい(実力がない)アーティスト(アーティストって言うのかな?)も沢山見てきましたが、関わるだけ無駄でした。
彼ら(彼女ら)は同世代であったり、年上であったりしたのですが、共通点はみな「自己愛が強すぎて、自分の作品を冷静に観れていない」という所です。
そして、子どものように周囲から賞賛を得ようとしたり、他人を自分のアクセサリーのように利用して、自分を大きく見せることに必死な様子でした。
自分がやりたいことだけをやって、周りからはどう思われてもいいと思っている自分には理解不可能な人種でした。
彼らは描かない漫画家の主人公のようにブレイクスルーすることは一生ないであろうと思われます。

・「かくかくしかじか」全5巻
東村アキコ
金沢美大の油絵科出身の東村さんが高校~大学~漫画家デビューまでの道を絵画教室の先生中心に描いたエッセイ漫画です。
美大受験を経験した人間はみな「わかる、わかる」とうなづけます。
美大生ってハチクロみたいなイメージがあるのか、なんかオシャレでかわいい感じ?好きなことに夢中になっている女の子☆みたいなイメージ?があるのか、私は世間様のぶつけてくるいい加減な言葉に「そうじゃないよ」と憤りを感じて生きてきました。
音大生が毎日レッスンするのと同じように美大に入るのに毎日ようわからんオッサンの石膏を何浪しているかわからんオッサンたちと同じ教室で黙々と描いたり、熱血講師や毒舌講師や変態講師にボロカス言われたり、苦労して入って、高い学費を払った割には卒後、職がなかったり(まぁ、殆どの人が就活しないのですが)、何かとっても理不尽な世界なのです。
だけど、その中でしか出会えない人たちもいて、日高先生のように本格志向の人もいたのでした。
受験の時にお世話になった予備校の先生で日高先生のように印象に残っている人を一人挙げるなら、新美の傍嶋先生です。
(現在は予備校を辞められて、悠悠自適に暮らされているようです)
半年ぐらいしか習ってないので、向こうは覚えていらっしゃらないと思いますが、傍嶋先生に出会えていなかったら、私は大学に受かっていなかったので、勝手に恩を感じています。
日高先生のように生き様に作家性が滲み出ていたり、プライベートでお世話になったり、という感じの先生ではなく、「受験のプロ」って感じでした。
まぁ、受験は最終的に受からせてくれた先生が自分にとって一番の先生だと思います。
熱い交流があった所で受からなければ、良い先生ではありません。
(私がそういう熱い講師が苦手な所為もあるけど)
社会人になってからも、自分にとって仕事のしやすい人は「話が通じる人」です。
一方的に熱い思いをぶつけてきたり、独りよがりに仕事を進めて、全くコミュニケーションの取れない人は「困った人」です。
そういった意味でも傍嶋先生は生徒一人一人がどういう素質を持っていて、どういう絵が好きで、どういう風に成長させて、受験に臨むのがベストなのか見抜いた上で、押しつけがましくなくアドバイスをくれる先生でした。
今、思うとなかなか難しいことですよね。