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Archive: 2015年09月

両方、知ってる感覚。

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ちいさな、あかり」というドキュメンタリー映画を旧仲倉医院で野外上映していたので観に行ってきました。

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旧仲倉医院ではアーティスト・イン・レジデンスを行っているそうです。
その話は後で詳しく書くとして・・・今年は「ちいさな、あかり」の監督・大野さんがこちらに住んで制作されるそうです。
その第一弾として、この上映会があったようです。
観た後、監督とお話をしよう、という会が持たれたのですが、その時、地元の自治会長とかやってそうなジイサンが「こんなもん、その辺の奥に行けばフツーだぁ!」と言っておられて、大変素直な感想だな、と思いました。
「ちいさな、あかり」という映画は静岡県の限界集落の日常を映したもので、田舎の素朴なバアちゃんの言動にみな、ほっこりしたり、くすくす笑ったりして観る感じの映画でした。
ですが、私もみんなが笑っている場面で笑えなくて、その正直ジイサンと同じ感想を持って観ていました。
だけど、それを言ったら作り手に失礼かな、と思い、誰もその率直な感想を言わなかったんだと思います。
大野監督は若いのにしっかりした方で「貴重なご意見ありがとうございます」と述べた上で、自分は外から入って映画を撮るにあたって、自分の考えをなるべく入れないようにしようと思った、と言われていました。
要するに、監督がその土地に愛を感じても、「こんな田舎なんて」と否定的な目を持っても、それを作品にねじ込まないようにしよう、ということだと思います。
だから、あるがままの姿が撮影された記録としての側面も持った映画になっているのだと感じました。
ただ、ほんとに田舎でこの映画を観ると、周りの人がくすくす笑ってるのとかにもの凄く違和感を覚えました。
「あんたら、バアちゃんらの生活、バカにしてんのか?」と。
2、3年、実家に帰ってない状態でユーロスペースで観たら、私も笑ってる側になっていたかもしれません。
東京出身で田舎はどこにもないという人が観ると新鮮なのかな・・・。
私は田舎でも都会でも生きていくことは大変だと知っているし、それぞれいい部分と悪い部分も中に入ってどっぷりと見たので、こんな所が日本中にいっぱいあるんだろうな、と思って観ていました。

現在、鳥取藝住祭というのをやっており、アーティストを迎えてその土地で半年ぐらい暮らしてもらって作品を作ってもらおう、というアーティスト・イン・レジデンスの取り組みを行っています。
私は去年ぐらいに知って、その作品を観に行ったり、報告会を聴きに行ったりしたのですが、まだ始まったばかりで、これからだ、という印象を抱きました。
こんな小娘に偉そうなことを言われたくないでしょうけど・・・。
私の印象としては、場所も点在していて、やっていることもバラバラなので、誰かまとめたらどうかね、という感じでした。
あと、こういうことをやると必ず出てくる意見として「地元のアーティストは使わんのかい」という自己主張の強いオッサン(いや、オッサンに限らないのですが)の・・・要するに「オレを売り出せ」的な話です。
そういう話もチラホラ聞いたりもしました。
うーん・・・、それは地元アーティストが大したことないっていう理由と、基本的に鳥取県民は鳥取県民をバカにしているから地元の人なんか使いたくないんだと思うんですよね。
色んなコネを使ってゴリ押しして「オレって凄いんだぜ!」と田舎でいい気になっている人もいるので(そういう人はアーティストに限らずどこの業界にもいるんですけど)、そういうのに県民が辟易してしまっている、だから、外から呼ぶ。
外から呼んだ人はこの土地に愛着もなければ、単なる旅人みたいなものだから、成果を挙げようが挙げまいが、期間が過ぎたら、さっさとその土地を出る・・・ということの繰り返しにならないのかな、と思いました。
じゃあ、お前ならどうする、と言われそうですが・・・私ならマンガ博とかに使った莫大なお金をこっちに使って、世界的に有名な現代美術の作家の作品を買って、永久的に展示する。
もしくは、その場で作らせてずっと展示する。
愛好家というのはそれが地の果てであろうと、探して観に来るものだから、そういう人に観光してもらう、とか・・・作品をレンタルするとか祭りで一時的に展示するとかじゃなくて、もう買ってしまえ、と思うんだけど(保存するのが大変いう問題が出てくるが)
まぁ、あときちんとしたアートディレクターを置いて指揮してもらうとかしないと中途半端なままではないのかな、と思うんだけど。
折角、やり始めたんだから内輪で楽しんでいるだけじゃなくて、県外からも観光に来てもらえるぐらいに盛り上がらないとつまんないよね、と思いました。
傍から見て。

ぼくの伯父さん

正確には従叔父にあたる人の話を書きます。
父の従兄弟にあたる方で、実家も近所なのですが、大人になってから交流を持ったので、不思議な距離感にある人です。
父の従兄弟と言っても父と同世代ではなく、父の15才下ぐらい、私の15才上ぐらいの作家さんで今は実家ではなく、大山の工房で制作をされています。
父方は特に芸術家が生まれるような家系ではなく、どちらかというと母方の方が絵を好きな人が多いので、父の親戚の中では異色の人で、その人がいたお陰で私も多少ブラブラしていても許されたような部分があります(笑)
ただ、一つ違うのは山ノ内さんは幼い頃、神童のようなタイプだったそうです。
だから、東京の大学に行き、地元に帰ってきたら当然、役人やら教員になるもんだと周囲は思ったのだと思います。
それが、定職に就かず海で流木を拾ったりしていたものだから、苦労人の父からして見たら「何をやっているんだ??」と思わざるを得なかったのではないでしょうか。
私も「こういう作品を作る人なんだな」と知ったのが10年ぐらい前で(普段、取材を受けない人らしいが、たまたま雑誌で見かけた)、それまで私の印象も親戚が語る「不思議なおじさん」でインプットされていました。
イメージ的にはヒッピー系仙人のような・・・。
ただ、周りの人からどう言われようと、作家の場合、作品を見たらわかるわけだから話が早いですよね。
作品を見てもどうせ素人にはわからんだろう、とはったりをかます人も中にはいますが、山ノ内さんはそういう人ではないので、その辺は信用のできる人です。
作品もそうだけど、空間や人となりも面白いので、私は仕事の邪魔をしてはいけないと思いつつも、つい、大切な友人にだけ紹介したくて、度々山ノ内さんの工房に行っています。
敷地が広くて竪穴住居もありました。
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これは去年の春の写真ですが、今はドームが建っているようです。
山ノ内さんは「アーティストではなくて、職人だ」と誇りを持って言われていましたが、独特の作品群を見たらこれはアルチザンの作品ではなくアーティストの作品だろう、と思われます。
または、木や自然が山ノ内さんに作らせているのかもしれません。
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「作品を貸してください」とお願いしたところ、「受付にどうぞ」とすごい形のテーブルを用意してくれました。
残念ながら、これはものすごく重くて2階の会場に運べないだろう、ということになり、別の物にしていただきます(多分)
自然が作り出す形はとても面白いものばかりで、行く度に新たな驚きがあります。

ジュピタリアン・ヒル http://jupitarianhill.daiverse.com/