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Archive: 2017年02月

やりがい搾取

国立西洋美術館の求人が話題 こんなにハイスペックなのに時給1240円?!

国立西洋美術館で研究補佐員が募集されていて、その内容がネットニュースになっていた。
条件が「西洋美術専攻で、修士以上でフランス語など2ヵ国語が翻訳できて美術館での勤務経験あり」というハイスペックな人を求めているのに、月給12万円程度という募集内容だったから「そんな奴おるんかい!」という話だった。
いや、いる。
美術界は院卒で教職やら学芸員やら芸術士やら資格を持っていても、それを生かせずにバイトしながら(それもバイク便とか全く別ジャンルで)何かを夢見ているピーターパン・シンドロームな人間がゴロゴロいる。
田舎で親が泣いてるぞ!と言っても無駄である。
彼らはピーターパンなのだから。
看護師か何かやってる面倒見のいいウェンディーでも見つけて寄生するしかない。
何故、彼(彼女)らはどんどんハイスペックになっていくのに、社会とかけ離れていくのか?
それは学者とか研究者と同じだからだ。
30すぎても、留学したり博士号取ったりする人がいるけど、それは箔をつけたら大学の仕事とかにありつけるかな~と目論んでいるような気がする(それよりは人間関係、つまりコネの方が重要だと思うが)
そして、やればやる程、自分はまだまだだと思うからどんどん追及していく割に仕事はない。
私はこの求人を見て、一番大事なのは「協調性」なんじゃないかと思った。
これだけの西洋美術オタクは何らかの専門があって、その分野、その時代、その画家には深い造詣を持っているが、他のことをあまり知らなかったり、チームプレイが苦手だったりする。
それよりは学士でもいいから、西洋美術を学生の時に専攻していた社会人経験がある人をバイトで採用して、1年後に学芸員の本採用の試験するからバイトの間に勉強してね、というスタンスにした方がオールマイティな人材が育つのではないだろうか。

 

ネットでこの求人が話題になったのは報酬が安くても頑張る「自己実現ワーカーホリック」や「やりがい搾取」に結びついているからである。
給料安くてもやりたいことができて幸せでしょ?みたいな。
専門知識を持っている人材にはそれ相応の対価を支払うべきだし、安く雇いたいならレベルを下げて入ってきた人を育てるべきだ。
それを美術界はしない。
ハイスペックで奴隷になる人間が欲しいだけだ(若くて文句を言わない奴が一番使いやすい)
ボランティアや安いバイトを使って、ガミガミ怒って、「こんなことも知らないの~?」とバカにして自分が優越感を得る為だけの使い捨ての駒が欲しいだけ。
それで、人一人の人生を潰したところで、次から次へとカモは現れる。
今、各地で町興しイベントでアートを利用しているけど(越後妻有と瀬戸内芸術祭が成功してるから)、全然専門外の役人のオジサンたちが運営して、地元のオジサンたちが反対してイベントを潰して、若いアーティストやボランティアスタッフが振り回されている。
こういう阿漕なことを個人でやってる人もいたし(ex.若いイラストレーター志望の人を「君の勉強になるから」と使いっぱしりにしていた自称アーティストのオジサンとか)、私の住んでいる所でもやりかけて頓挫していた(ex.うちの近所でアーティスト・イン・レジデンスで作家を呼んだ直後に地元住民が反対して作家が住む場所を使えなくしていた)
こういうことが地方だけでなく、全国的に行われていて、それも国立の美術館がやっちゃうんだね、と思った。

 

アートの力

兵庫県立美術館で開催しているアドルフ・ヴェルフリの展覧会に行ってきた。
アドルフ・ヴェルフリは私が最初に興味を持ったアウトサイダーアートの画家で、30代で統合失調症になり、その後死ぬまで30年間も精神病院で過ごしている。
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統合失調症の患者の描く絵は執拗な文様の繰り返しが多く、それがデザイン的なのに素朴な味わいのあるものが多い(手書きで、洗練されてないから)
大学で心理学ゼミを取ったら、何故か精神疾患のある方への絵画療法が授業のメインだった(勿論、ユングやフロイトもやるんだけど)
私にとってはすごく興味のある内容だったが、①朝早い授業、②必修科目ではない、③テキストが全部英語で、なおかつそれを翻訳して要約して発表しなくてはいけない、という理由からか、生徒がどんどんいなくなった。
同級生に訊いても、その講座の存在を覚えている人がいなくて、もしや私が見た夢なのかな??と思うぐらい影の薄い講座だった。
しかし、制作をしている人というのは自分の身をもって絵画の力を知っているので、絵画療法を学ぶのは有益だと思うし、実際に絵画療法士として活動している先輩もいる。
絵を描いていて精神疾患が治るわけがないと思われるだろうし、ただ描かせるだけなら紙や鉛筆を渡しておけばいいだけだと思われるかもしれないけど、実際にその競技をやっていた指導者が教えるのとやったことがない指導者が教えるのとは違う。
アドルフ・ヴェルフリに話を戻すと彼を担当した精神科医が彼の絵を認めて世に出さなかったら、時代的に彼は犯罪を犯したただの狂人扱いである。
まだ、精神疾患に偏見の強い時代(明治ぐらい)だから、幼女暴行など繰り返す30代の男が日本にいたら「狐憑きじゃ」と言われて座敷牢に放り込まれていただろう。
統合失調症は強いストレスが長期間かかり脳が正常に働かなくなる病気で、早い段階で正しい対応が求められる。
放置したり、閉じ込めたりすると被害妄想をこじらせる人が多い。
アドルフ・ヴェルフリの犯した罪は少女に対する暴行なのだが、その前に何度も何度も身分違いによって恋愛が破られている。
あと、彼は貧しい家庭に生まれ、9歳と11歳で両親をなくている。
そこまではヘンリー・ダーガーと似ているし、その後の環境も悪く孤独であったというのも似ている。
どちらかというとヘンリー・ダーガーの方が少女にいたずらをしそうな絵を描いているが、彼は教会の掃除夫で犯罪は犯していない。
アドルフ・ヴェルフリのトリガーは女性だったと思う(ロリコンというより、子どもの方が逃げないから幼女が被害にあったように感じる)
絵は全くそういうものは表れていないが、もし精神疾患にならず脳がフツーに機能していても、描くことによって挫折を乗り越えて行けたんじゃないかと思う。
家庭に拠り所がなく、社会でも虐げられて、異性に否定されていても、文章を書くことや絵を描くことは自由な世界であり、点数がつかないものである。
(インサイダー、つまり芸大を出てナントカ会の会員で、絵に値段がついているようなプロは違うけど)
創作している間、フロー状態になることによってストレスが緩和する(嫌なことを忘れられる)ことにより、瞑想と同じような効果も得られる。
そして、それが評価されることによって、本人の自信にも繋がる。
ヘンリー・ダーガーの場合、入院した時に彼の部屋に入った隣人によって大量のノートが発見される。
隣人がたまたまアーティストの夫婦だった為、彼の創作が素晴らしいとすぐに理解して「あなた、すごいじゃない!」と病床のヘンリー・ダーガーに伝えたそうだ。
そして、彼の死後、作品は発表されて部屋も数年間保存されていた。
正に「発掘された才能」感じ。
アドルフ・ヴェルフリも彼の才能を認めた精神科医に色鉛筆を渡されている。
ほんの些細なことかもしれないが、そのことによって彼の作品はうんと良くなっている。
晩年は自分のことを「偉大なアーティスト」だと思っていたらしい。
うまくいかなかった過去を引きずって女性に対しての被害妄想を膨らましていくより、よっぽどマシな誇大妄想だと思う。
アドルフ・ヴェルフリもヘンリー・ダーガーも孤独な人生だったかもしれないけど、自分を導いてくれる精神科医や理解してくれた隣人がいたことが最大の救いである。

闘病記

「くも漫」(中川学)と「蘇る変態」(星野源)を読んだ。
両方共、くも膜下出血で倒れて手術をして完全回復した人の話だった。
癌とかエイズとか、死を意識せざるを得ない病気は勿論怖いけど、くも膜下出血なんていつ何時起こるかわからない病気も怖い(しかも、予防策がない)
くも膜下出血で倒れた人の3分の1は完全回復するが、あとの3分の1は後遺症が残り、残りの3分の1は死ぬらしい。
だから、この二人はラッキーな方で、「くも漫」の人なんて漫画のネタにして、それが映画化するんだから回復して作品に昇華できて良かったね、という話である。
ただ、この人はススキノの風俗店で発症してしまい、後々それが親族にバレ、小学校の臨時講師も他の人に取って変わられて無職に戻るというダメさ加減。
しかし、ネタとしてはそこがなければ全然面白くない。
「人間仮免許中」(卯月妙子)で卯月さんは歩道橋から飛び降りて、顔面崩壊した後の顔を鏡で見て、右目がワンブロックずれていて「もらったー!」と思ったらしい(視神経が切れて片目失明したのに)
それと同じで、人として恥ずかしいことや異常なこと、フツーでは起こらないことが身に起こると自分の中のピエロが「人に話したら面白がってもらえるかも」と思ってしまう変なサービス精神の持ち主は一定層いるらしい。
それを人に伝えるには面白おかしく漫画に描くとか、人を引き込む話術があるとか、エンターテイメントの能力が必要だが。
じゃないと、ただの暗い話になってしまう。

 

私がバセドウ病で入院したり、手術したりしたのもこの二人が発病したのと同じ30歳の時で、ある日突然一気に病気が噴き出した感じだった。
30歳になるとそれまでの膿が出るらしい。
大学1年生の時、眠れなくなったり体重が1年間で8㎏減ったりしたことがあり、振り返ればその時から兆候があったのだが、20代は何も気にならなかった。
30歳の春ぐらいに知り合ったカメラマンに写真を撮られた時、じっとしていても手が震えてると指摘された。
その時には不眠に加えて手の震えと異常な量の汗、下痢、眼球突出がひどくなってて、病院に行ったら機械でエラーが出る程、甲状腺ホルモンが分泌されてた。
暑くなっていく季節の中で、医者に「熱帯夜とかね、熱がパーッと上がって命持って行かれちゃうこともあるから気をつけて~」と言われた。
え~と、一体どうやって気をつければ・・・?
しかし、その後すぐにホルモンを抑える薬による薬害で肝炎になり、入院して甲状腺を手術して半年ぐらいで片がついた。
その間、ずっと一人で東京の病院に入院していた。
紹介してもらった病院に入れなくて、倶利伽羅紋紋の入れ墨を入れたヤクザと死にそうな老人しかいない野戦病院みたいなところに回されて、薬害だって言ってんのにウィルス性肝炎の治療をされて悪化して、「じゃあ、自己免疫性肝炎かな?」って、肝生検もしないままステロイド剤を使われて、結局原因がわからなくなってしまったり、バセドウ病が診れないからって入院中に外の診療所に行かされたり(そこの先生が治療方針に疑問を持って、診察中に入院中の病院の医院長に電話をかけて喧嘩をして、その野戦病院から出ることができた)、もの凄いギャルメイクの汚い茶髪の看護師に怒られたり(弱っている時に嫌いな人種に上から目線でキレられたのが嫌だった)、夜中に今にも死にそうな骨と皮だけのバアサンが隣でうめき声を出していて「大丈夫ですか?!」と声をかけたら「学友と戦争中に火の中を逃げた夢をみた」と言われた寒すぎる夏・・・。
それまで、私は経済的にも精神的にも自立していると思っていた。
大学時代の友人は親にマンションを買ってもらったり、海外旅行も親の金で行ってたけど、私は違う。
海外旅行も自動車学校も引っ越しもアパートの更新料も個展の費用も全部自分で払った。
鳥取から上京した中高の同級生は社会人になるとお金が足りなくなって、テキトーな男に寄生してそのまま同棲してなし崩し的に結婚していたが、私は違う。
私は男に頼らず全部自分でやってきた。
が、入院して「全部自分でやるのはやめよう」と思った。
星野源も倒れる前のエッセイ「働く男」では「女にモテたい。金を稼ぎたい。過労死しても構わない」と書いていたけど、くも膜下出血後は考えを改めたらしい。
「病気が教えてくれた」なんて、ただの負け惜しみで、病気にならないならならないで、健康な方がいいじゃん、と思っていたけど、病気が教えてくれることは確かにある。
神様が「このままでは破綻するから、これまでの考え方を改めてごらん」と言って、休憩をする為にその人から一旦全てを取り上げるのだ。