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Archive: 2020年05月

時代は変わってきている。

新型コロナの所為で日本中が自粛生活だけど、私はつい最近まで毎年妊娠・出産していてずっと自粛生活みたいなものだった。
だから、まぁ別に自粛生活は慣れてるというか、特に苦ではない。
それより、お金がないとか仕事がないとかそういう人の方が不安だと思うし、私がもし結婚してなくて、今の仕事にも就いてなくて(今年から新しい職場!)、ずっと東京で一人暮らししてたら、ほんとにヤバかった。
コロナが蔓延しててヤバイという意味でも、今までの職歴の仕事はコロナでなくなってるという意味でも。
コロナで死ぬ前に経済的に死んでるな、と。
昔、在籍していた会社でコロナ前に倒産してる会社もあるし・・・。
自分が思う通りに動いて正解だった。
あの時は、このままではヤバイと思って動いたというより、自分の為だけに生きていくのに限界を感じたので、人の為に生きていきたいなと思って生き方を変えたんだけど。

 

岡村が炎上してるのを見て、余計なことを言わないって大事だなと思った。
「今はしんどいかもしれないけど、耐えた先にはいいこともあるかも」で、止めとけば良かったんじゃないの?
それを、通常なら体を売らないで済むような人までもがお金に困ってお嬢をやるだろう、それが楽しみだ、ということまで言ってしまった。
それで、「そういう考えは女性蔑視である」ということらしいが、それがこんなに大炎上して、何故会田誠の環境セクハラは問題にならなかったのだろう。
別に、どっちも擁護するつもりはないし、岡村の発言はアウトだと思うが、それがダメなら、会田誠の「美術モデルを性的ネタにしてた」という発言もアウトだろう(実際はもっとえぐい表現だったが、マイルドにお伝えしています)。
講演での発言なんだけど、そこに美術モデルがいて「環境セクハラだ!」と訴えたらしい。
美術モデルからしたら、性的な仕事ではなく、芸術のためにやってる仕事なのに、そんな風に言われるなんて心外です!ということなんだろうけど。
何故か今後一切関わるなという主催者側がこの人をクレーマー扱いしていた。
もしかしたら、今までもトラブルを起こした人なのかもしれない、それでも私は腑に落ちなかった。
「そもそも会田誠って、そういう奴じゃん」ってことなのかな?
それで、許される時代じゃなくなったのに?
会田誠が変態なのも、岡村隆史がこじらせてるのも、みんなが知っていることではないか。
うん、それを踏まえてもダメでしょう。
私が大学生だった20年前、平気で「おっぱい大きいね」とか言う教授がいて、私が不快であることを伝えると周りの男子がその教授を庇うようなことを言い、それで話は終わった。
高い学費払わされて、何も教えない教授に子どもがセクハラされてたら、親も浮かばれない。
夫なんてもっとひどいアカデミックハラスメントを受けて、不貞腐れていた時期があったらしい。
明らかにおかしいことでも、学生は訴えようがなくて、「上が白と言ったら黒いカラスも白になる」と言っていて、その話を聞いた後に日大アメフト部が同じようなことを言っていて「うぁ、ほんとにこんな世界があるんだ」と思った。
それでも、立ち直って、卒業して試験受かって資格を取ったんだから偉い。
私は子育て中に2度目の大学生をやって、教職と学芸員の資格を取ったんだけど、先生たちが全然違うし、時代は変わったのだと感じた。
採用試験とスクーリングがかぶっていて、卒業に必要な単位が取れなくて、まだ卒業できていないんだけど、資格に必要な単位は全部取り切って、卒業前に就職が決まった(元々、別の四大出てるから卒業してなくても、そういうことができる)。
夫とつき合って「資格って大事だな」って思ったし、インチキせずにまっとうに暮らすっていいなと思った。
私の意識が変わるとマウンティングばっかりで、愚痴と自慢を垂れ流してくるフレネミー(友人のフリした敵)と縁が切れた。
私は去る者は追わないので、まぁいいやって感じ。
今はスピリチュアルカウンセラーみたいなことをしているらしく、離れてみると、インチキマンチキだったのがよくわかる。
そういう人って、結局口が上手いだけだから。
去る者も追わないけど、来る者も拒まないので、そこが問題だったのかも。
危ない奴とは距離を取ろう。心のソーシャルディスタンス(笑)
まぁ、それは置いといて、通学生の時も通信生の時も何故か教職とか何か資格を取ろうとすると「なんで、そんなの必要なの?」と色んな人に言われた。
20年前は「は?先生になるの?」と小バカにされたり(教育学部じゃないから、そういう感じだった)、周りの教職取ってる同級生もどんどん脱落していった。
今は「もう結婚してるのに、なんでそんなことするの?」と言われる。
つまり、働かなくてもいいのに、という意味で言われる。
でも、一応美術の先生になろうと思って、鳥取に帰ったので、その辺は初志貫徹しようかな、と。
私がこういうことをしていると「理解ある旦那さんで良かったわね~」と色んな人に言われた。普通はやらせてもらえないよって。
そうなのかな?どうして、世の中の奥さんたちはダンナの許可がいるわけ?
どうしてかわからないけれど、まぁ、反対されなくて良かった。
うちの夫は応援しているというより、多分「この人はこういう人だから仕方ない」と諦めているのだと思うけど。
結婚式の時に私の大学時代の友人たちに夫が囲まれて何か言われていて、何話してんだろと思っていたら、式が終わった後、夫に「ねぇ、紗織の友だちに『あの子、フリーダムで迷惑かけると思うけど、よろしくお願いします』って言われたんだけど」と言われた・・・。
それ以降、私が何をやっても「どんだけフリーダムなんだよ」とか「出た、フリーダムが。報連相がなってない!」とか言われるようになった。
自分の頭の中では計画を練って練って実行しているから、周りにも伝わっている気になっているけど、夫から見たらある日突然私が何かを始めているように見えるので「聞いてないんだけど」って感じになるらしい。
だから、今後の目標としては卒業したあかつき(?)には東京で個展をするんだよと話した。
(もう場所も決まってるんだけど、コロナでその画廊がなくなったらどうしよう)
それまで、みんなが元気で生き延びなきゃ。

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↑新作の下地に描いた版。上に絵を重ねる前の方が面白いような気がする。

 

楽園は身近に

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校外研修で地元和紙を使ってランプを作っているS先生のワークショップのアシスタントをすることになった。
自分は人に美術を教えるには工芸的なことが弱いので、陶芸とか和紙とかを学ぼうと思っていたのに、コロナ禍で全てがなくなりそうな勢い(陶芸も別の先生に教わる予定)。
まぁ、命には何物も変えられないから仕方がないことなんだけど、すごいタイミング・・・。
人によるのだろうけど、私は勉強する時は一気に集中してやる派なので、こんな中断しながらダラダラするのは合わない。
さかもと未明が「まさか発達障害だったなんて」(星野仁彦と共著)で仕事をやる時は一気にやるって言ってたけど、過集中する人はその方が合っているらしい。
トトロでお父さんが論文を書いてる横でメイが「お父さん、お花屋さんね」とチョロチョロ遊びに来るんだけど、学者で(メイのお父さんは大学教授)そんな仕事の仕方できる人なんていないと思う。
私も家族がいる時は気が散るから制作しないもの。
仕事や勉強だけでなく、過集中は感情もあるらしく、例えば怒りとか悲しみとかそういうネガティブなものに集中してしまい苦しむということもある(と臨床心理士の人が言ってた)。
冷静に考えられない時はそういう感情を手放してしまうしかないんだけど、それができないから(発達障がいのある人はストレス耐性もないし)、苦労するんだと思う。
ただ、悔しかったことは悔しかったことで返すしかない。
やられた相手にやり返すとかではなく、悔しいと思ったら次結果を出せばいい。
ルサンチマンは健全に昇華するのがよろしい。
一番面倒臭いのは、こっち正当なことを言っていても、裏から手を回して自分の都合がいいように持って行く奴とか、やっかみで悪口言いふらす奴とか、マウンティングしてくる奴とか、そういうのはどうしようもないので「かわいそうな人だ」と思うしかないのだけど。
そういう奴って自分が都合がいいように話を作るし、平気で嘘つくから性質悪いんだよな。
閑話休題。
S先生の和紙灯り作りは「地上の楽園」で放送され、全国からやってみたいという人が殺到したり、ワークショップの依頼があったらしい。
S先生は元々作家活動をされていた人ではなく、学校の先生で(教科も美術でもなく)校長先生を退職した後、山ノ内さんの青谷和紙を使ったランプを見て「自分も作ってみたい!」と思って始めたらしい。
定年退職後に自分の工房を持って制作をして、時々ふらりと「教えてください」って人が来て、人との交流もあり、自分が夢中になれることもあり、ささやかな収入もあり、すごく健康的で理想的な老後ではないか、と思った。
正に、地上の楽園(笑)
過集中の癖がない人でも「何かに夢中になる」という時間は脳をフロー状態にする効果があり、ストレス解消に役立つ。
山ノ内さんのランプはもう少し上品な感じで旅館とかに卸しているけど、S先生の作品は蔦のフレームがアールヌーボーっぽくていかにも奥様が好きそうな感じで、良い意味でおかんアートに近い親しみを感じる。
そこがきっとみんなに愛されるポイントなんだと思う。
江戸時代、和紙漉きの技術は藩から出してはいけないものだったが、青谷の鈴木弥平が流浪している美濃の弥吉という者を助けたところ、弥吉から紙漉きの技術を教わる。(参考文献・「江戸の想像力」田中優子)
青谷和紙は人助けによってもたされた山陰の宝なのである。

ゆらりん工房