top > blog

blog

若きウェルテルの悩み

女性の自殺が増えているらしいとネットニュースで見た。
自殺の報道とかの後にいのちの電話相談の案内とか毎回出しているけど、果たしてそれは意味があるんだろうか?
ネットで調べたら「繋がらない」とか「相談員がボランティア」とか書いてあったので、あんまり効果ないどころか、素人のおばちゃんに喝を入れられて余計死にたくならないかな?
私が職場の人間関係に悩んでいた時、自分の母親に「こういうことを云ってくる人いて困っている」、「明らかに間違ったことを平気でやっている」等、話したら「色んな人がいるんだからうまくやんなさい!」と云われたことがある。
後日、同僚の結婚式に出て、花嫁の手紙で「お母さん、お母さんはいつも私の味方でいてくれましたね」というセリフが出てきて、世の中にはそんな母親がいるのか・・・とカルチャーショックを受けた。
しかし、自分が母親になってわかったのだが、子どもが泣いている時に「何やってるの!あんたがボーッとしてるから悪いんでしょ!」と云うと、余計泣く。
そういう時は「痛かったね、怖かったね」と寄り添って、気持ちを代弁してあげた後に「これこれこうでこうなったんだから、次は気をつけようね」と説明すると納得する。
うちの母親はスピーディで常識的な人間なので(母方は理系)、何を云っても一般論が返ってくる。
人の話をぶった切って「そういう奴はどこの業界にもいる!」とか「みんなそうやって戦ってきている!」とか、そういう誰にでも当てはまるようなことを云ってしまいがちだけど(私を含めみんなが)、悩んでいる時はそういうのが一番腹が立つのよね。
あと、「死にたいって云って、死んでねーだろ!」とかね・・・。
昔、米粒男に云われたんだけど(お前の心理的DVで死にたくなってんだよ!!)、リスカする人とか死ぬ死ぬ詐欺の人とか、実際死んだ人もいっぱいいる。
鳥取市の工房の先生のセクハラ・モラハラ・パワハラで苦しんでいた時も(しかも、こっちをバカにしつつ利用するというせこさ)母親は「あんたが失礼な態度取ったんでしょ」で終わり。
米粒男も前の職場にいたモラハラ男も工房の先生も、典型的な自己愛性人格障害なので、勉強して分析して、自分で自分を治すしかなかった。
相変わらず、若手を引き入れて、自分の輝かしい功績を自慢して(粉飾されまくっていて、話の9割が嘘)、騙して金づるにしたり、利用したりしてるのを見ると「ありのままの自分を愛せないかわいそうな人たちなんだな」と思う。ああいう人種は妄想の「輝かしい自分」が本当の姿だと思い込んでいるから、現実的になれないんだよね。米粒男も初めて2人で会った日に「自分の父親は医者で、自分は帰国子女で」とロイヤルファミリーを語るかのように話していたけど、実際は聞いたことのない大学(医学部でもない)に1浪して入って、遊びすぎで1留してるし、英語も喋れないし、赤ちゃんの時に2年いただけっていうのが後々判明し「それって帰国子女って云わないんじゃ・・・」と云うと、ムキになって「2年以上海外に住んでいたら帰国子女なんだ!」と云っていた(笑)
うちのダンナがそれを聞いて「そいつは・・・ただの医者のなりそこねだな」とぽつりと云っており(医療系なので、そういうイタい奴をいっぱい見てるんだと思う)、そもそも「会ってすぐアピールしてくる奴なんか誠実な男ではない」と云われ、目から鱗だった。
いや、多分、みんな知ってることなんだ。
一人暮らしの女性の部屋に上げたら、それはオッケーサインだというのと同じような。(私はこれがわかっておらず、「君の部屋に行ってみたい」って云う人はなんで部屋なんか見たいんだろう?と思っていた)
まぁ、話が反れたけど、自己愛モラ男にいじめられて死にたくなったこともあったけど、私は死ななかったから子どもに出会えたよ、とこのブログを見ている誰かに伝えたい。
生きていたら良いこともあるという意味と、もう一つ、喉元過ぎれば死ぬほど苦しめていた何かの正体がはっきり見える日が来て、それはとってもバカバカしいことなのだ、とわかる。あなたを苦しめている何か、何者かは、とても卑怯でずる賢いだけのカラッポくんです。洗脳を解いて、逃げ切ってほしいと願っています。
また、ボーダーの女性にタゲられて依存されている人も、自己愛モラ男と同じで、悪いのはあなたではない。縁を切って悪口を云われるかもしれないけど、フェイドアウトするしかない。
巻き込まれると、リアルに「17才のカルテ」とか「クワイエットルームへようこそ」みたいな目に遭う。その辺は女の方が面倒臭いかも。「病んでるなー、かわいそうだなー、話を聞いてあげないとなー」と思って我慢してつき合ってたら、別の友だちや男の人に「この間、あの子と話してたんだけど、男の話ばっかりだったよ」とか平気で云ってるから。そんで、男好きだと勘違いした人から変なメール(失礼な内容)が来たことがある。
こっちから云わせてもらえば、彼女の恋愛相談に乗っていただけなのに(私には彼氏がいない時だった)、なんでそんな解釈が行われるわけ!?って感じだった。
似ても似つかないけど、ただ同い年というだけで、自分を竹内結子みたいだと思い込んでるそんなボーダーのアル中と絡んだ記憶も、この自殺の話で思い出した(あの子、死んでそうだなって)。
竹内結子は同い年なので、埼玉出身の人が知り合いの知り合いだったり、亡くなった時に高校や大学の同級生がSNSでザワザワしていた。
ウェルテル効果なんじゃないかと思うんだけど、身近な人が亡くなると自殺のハードルが下がってしまうので、暫くそこに意識を集中させずに過ごす方が良い。
壮大な後追いをやってのけたのが太宰治なんだけど、この人は高校生の時に芥川龍之介の死にショックを受けて以降、放蕩の限りを尽くし自殺未遂を繰り返し、愛人と玉川上水で自殺している。
愛人にとって、奥さんと離婚して自分と結婚してくれることよりも、自分と心中してくれることが最大の愛情表現かつ、最後のプレゼントであったと思われる。
太宰治が死んだ39才もすぎて、竹内結子が死んだ40才も、あと1ヶ月で終わる私は時々フラッシュバックに苦しめられてるけど、おいしいものを食べたり、子どもを抱っこしたり、新しい勉強を始めたり、楽しいことを見つけながらこれからも生きていく。

お知らせ

明日から始まる鳥取県展に出品しています。
今年は奨励賞でした。
以下の日程で巡回します。
9月19日(土)~9月27日(日) 鳥取県立博物館
10月3日(土)~10月12日(月) 米子市美術館
10月16日(金)~10月25日(日) 日野町美術館
11月7日(土)~11月13日(金) 倉吉博物館

また、CWAJのオンラインギャラリーに出品しています。
第64回CWAJ現代版画展に出品された作品がネット上で観られます。
(CWAJは本来毎年この時期になると表参道で展示されていますが、コロナで中止になったそうです)
http://cwaj-gallery.jp

普通になりたかった。

夜、夫と「レオン」を観ていて、こういう関係が昔好きだったなと思い出した。
しかし、初めてレオンを観た高校生の時と記憶が大分違っていて、私は「少女と殺し屋の一時の交流」だと思っていたのに、マチルダが思いっきり胸の開いた服とかぺったんこの胸が強調された服を着ていて、尚且つ露骨に誘ってきたりして「あれ??これ、こんな話だったっけ?!」と夫に云ったら「そうだよ、こういうのがリュック・ベッソンの趣味なんでしょ」と云われた。どんなに慕っていても12才の時、そんなこと考えないと思うんだけど。でも、10代の私も殺し屋なのにチンピラ感がなくて、寡黙でストイックで優しいレオンが素敵に見えた。そして、最後のスティングの曲が二人の孤独な魂をより強調した。
私のダメ恋愛遍歴として、すごく年の離れた異性に惹かれる傾向があって、これがもしかしたら、原体験なのか?とも思った。基本的に異性が怖いので、同世代の乱暴な男子より優しくて賢い先生が好き、みたいな子どもの感覚なので、プラトニックがいいんだけど、年上でガツガツ来る人でそんな人はいない。ていうか、ガツガツ来る奴なんかダメだろ(今ならわかるが、当時はわからなかった)。私が今までつき合ってきた人って殆どオレ様なので、年上だろうが同世代だろうがつき合ってて安心感が得られない人が多かった。一番欲しいものが、いつも得られない。作家の鷺沢萠が結婚したことを「あの時は誰かに加護されたかった」と離婚した後に書いていたんだけど、ずっと私もそうだったんだと気づいた。
結婚してみて、私は恋愛がしたかったわけではなくて、帰ってくる場所が欲しかった=結婚したかったんだ、と。なんでかというと「普通になりたかった」というだけだった。
私は自分らしく生きると普通ではなくなってしまうようなので、歴代元カレや母親に「もっと女の子らしくして」とか「なんで女の子なのにそんなことも気づかないの」とか云われて、最終的には「頭おかしいんじゃねーの」と云われたりしていた。もっと遡ると子ども時代から、周りから浮いていたので「普通になりたい」と自分でも思っていた。結局、私を普通に矯正してくれて、守ってくれるのは自分の作った家族だった。自分が育った家族では得られないから、結局それを外に求めていただけだった。(自分の父親から安心感が得られなかったから)
Twitterでバズって書籍化した漫画で「史群アル仙のメンタルチップス」というADHDの女性の本を読んだ。私はTwitterやってないんだけど、こういう人が救われるんならSNSも悪くないと思った。(でも、基本的にSNSに上げた漫画を書籍化したやつって面白くないんだよね。素人だから)
その中で、史群さんもボス彦さんに「普通にしてろ」と云われるんだけど、その普通ができないからトラブルを起こしたりする。いっぱい失敗をし続けて、史群さんは精神科に通うようになるんだけど、誤診されて薬漬けにされてしまったり、いきおい余って首吊り自殺をしようとして意識を失った後に紐が切れて朝目覚めるというミラクルを起こしたりする。結局、この混乱の原因はADHDでした、ということなんだけど、それがわかったから安心という簡単な問題ではない。ADHDは多動・衝動・不注意が主な症状なんだけど、アレルギーやリウマチなどの免疫系の病気も関係性があると云われているし、離婚率、中退率、事故率も高く、体や人生そのものに影響する。ADHDというのは脳内のトランスポーターが働きすぎちゃってて、ドーパミン(やる気のもと)とノルアドレナリン(集中力、行動力、ストレス防御)が再吸収されまくっていて足りないので、わかりやすい問題児だけでなく、ボーッとしていたりする人もいる。
ADHDの女性は刺激がある異性に惹かれる傾向があるんだけど、ASDの女性も自分の意見がしっかりあって、自己主張が激しい男性に惹かれるらしい。
そして、それはかなりの確率でハズレである。
女性の場合、それは人生に大きく影響する。
私も、年上でストイックな雰囲気の男性が好きなのに、全然真逆の方向にいつも行ってて、振り返ってみても「あの時はどうかしてた」ぐらいの反省点しか出てこなくて(だから、どうしようもないっていう)同じ過ちを繰り返していた。
すごく年上の医者と結婚したさかもと未明(難病のさかもとさんを介護する関係)とかジョセフ・コーネルと内縁関係だった草間彌生(プラトニックな関係)とか、そういう感じが理想だったんだけど。日本でそれを20代でやるとパパ活になっちゃうな。米粒男と一緒にいてつまらなすぎて「どっかの社長の愛人でもやろうかな」と云ったら「それだったら、楽しくないでしょ」と云われ、こいつは自分といて私が楽しんでいると思っているのか、と内心震えた。とにかく、自信過剰で自分を大きく見せようとしているくせに普段猫かぶっているから、周りの人にはいい人だと思われてたけど、私は「お前とは人間の素質が違う」だとか云われて、人格を否定されまくっていた。ほんとうに勿体ない、自分が。あの無駄な時間を過ごした24才に戻りたい。そうすれば、別の選択をして、その後何年も苦しまなくて済むのに。あれは「悲しかった恋愛」の記憶じゃなくて、完全に「いじめのPTSD」だった。そして、私は普通の人より嫌な記憶がフラッシュバックしやすいタイプだと思う。今の私ができることは「同じことを人にしない」ってことぐらい。まぁ、しないよね、普通。典型的な自己愛系モラハラ男じゃない限り。
結局、私にあしながおじさん的な人は現れなかったけど、まともな感覚の夫がいるからまぁ、いっかと思ってる。

キャッシュレスへの不安

近所のスーパーでキャッシュレスにするとお得キャンペーンをしていて、毎日使うからそのスーパーのクレジットカードを作った(専用のカードじゃないとポイントがつかない)。
私はデパートでクレカを勧める側の仕事をしていたことがあるので、カードの恐ろしさはよーく知っている。
そのスーパーで「今なら2000円券がついてくる!」とかやってて、どこも同じだなと思った。
申し込みは決心が揺るがないようにその場でさくさく進め、さらっと「リボ申し込んでおきますね~」と言われ、ちょっと待て、となった。
リボ払いに変更できるようにしておくんじゃなくて、最初からリボ払いにするってこと??
どっちにしろ、リボ払いは借金地獄への入口である。
クレカは欲しい物が何でも手に入る魔法のカードではない。
あとで、支払うだけだ。
キャッシュレス化がお得なんてまやかしだ。
現金払いがいいに決まってる。
いくら使ったのか、今財布にいくら残っているのか、現金ならすぐわかる。
現金がないなら使わなければいい。
今更、スマホの課金とかカードで買い物して失敗とかしないと思うんだけど、ある日、突然脳がバグって買い物依存症とかになっちゃったりするかもしれないし。
「便利なものだ」じゃなくて「使い方を間違えると危ないものだ」ぐらいに考えておくのが丁度良い。
あと、高い時計とかバッグとかは分割して買えば良いという考えも私は反対で、分割手数料どれだけ取られているか計算してみろと言いたい。
分割して買わないといけないものは「身分不相応」なものとして諦めた方がいい。
(例えば、若い人が店を開くとか家を建てるとかそういうケースを除いて)
あと、私が昔見たカードのダメな使い方としては、給料前で現金がないからって飲み会の支払いを全部自分がカードで払って、割り勘にした現金を集めるとか、クレカで現金を借りるとか(20万くらいまでなら借りれるけど、利子が高い)。
ないならないなりの生活をすればいい。
そもそも、飲み会なんか行かなきゃいいじゃん。
学生の時、家賃5万のところに住んでいたけど、仕送りが月2万(4年間ずっと)で、バイトで生活費を稼いでいたんだけど、あとで訊くと周りは月15万くらい貰っていたらしい。
驚愕の事実を当時の彼氏に言うと、自分もそれぐらい貰ってるし(実家が東京にあるのに何故か一人暮らし)、それプラスバイトで8万くらい稼いでるけど、毎月マイナスになっている、と言っていた。
何に使ってたかというとスキーとか自分の遊び中心で(車は親のを借りて)、私には学生だからっていつも割り勘で誕生日プレゼントも明らかに安物で、他の女の子と遊びに行ったり、他の女の子に私の悪口を言われ、結局別れた。
殴られたりとかはしてないんだけど、今まで会った人間の中で一番嫌いだわ。
それが手越みたいに明らかにチャラいならつき合わなかったんだけど、容姿はフツーだった(イケメンとかではないけど、自分ではイケてると勘違いしてた)。
だから、フツーの人だと思って、(その前がフツーの人ではなかったので、今度は多少つまんなくても我慢してフツーの人とつき合って)フツーの結婚をしようと思ったら、男友だちに「いや、そいつは普通じゃねぇだろ」と言われた。
「茶碗に米粒残したから別れるとか、バカじゃねぇの。ネタだろ」と言われ、ちょっとスカっとした。
(茶碗に米粒だけじゃなく、壁にもたれていたとか、ずっと粗探しをしていたそうだ。自分も大した男でもねーくせによ!←本音)
今、ダンナに寿司とか奢ってもらうと、「幸せだな~」と思うので、辛かったことも過ぎてしまえば、ただのスパイスになった。
10年以上前のことなのに、そいつにblogをアダルトサイトに貼られたり、SNSで気持ち悪いドクロ送られたり、下らない嫌がらせはされてるけど「よっぽど暇なんだね!私は毎日忙しいし、幸せだよ~!アハハハ!」って心の中で高笑いしてる(笑)
まぁ、うちの親もどうかと思うけど(習い事一切させないとか、仕送り毎月2万とか)、それで、結局使うところと使わないところを考えるようになったわけだし、他人のお金の使い方も見えるようになったので、逆に良かったのかもしれない。
ただ、私の考えとしては、教育費はかけてもいいし(子どもの習い事とか、自分の勉強のための本とかは未来への投資)、仕送りは多すぎない程度にあった方がいい。
私はベビーシッターとかやっていたけど、水商売とか愛人やったりする同級生もいたので(でも、その子ら実家が裕福なのにやってたけどね)、我が子はそういう割のいいバイトに流れて欲しくない。
別にうちの親は毒親でもないけど、母親がすごいケチで、父親が浪費家で、この間、父に「実家のトイレ直したいから100万貸して」と言われ(返すあてもないのに)、うわっと思った。
父親がお金のある所から借りて返さない(返す意思がないわけではなく、貸した人が「返さなくてもいいよ」っていうような人ばかり。伯母とか祖母とか)のを知っていたので、ついに娘にまで来たかと。
しかも、私が安定した職に就いたので、ここならあるだろうと見計らってる(弟はお嫁さんに財布の紐を握られているからお金はない)。
もう商売辞めたから回転資金いらないと思ったら大間違いで、使う人は次々使うことを思いつく。
もはや、反面教師にするしかなかろう。
逆に、両親教員とかだったら、今頃私は雑貨屋とかやってるような気がするし。

 

村上春樹の「猫を棄てる」を読んで、ああ、こんな立派なお父さんでも親子の葛藤があったんだな、と思った。
村上さんはあまり親のことを書いたりしなかったけど、河合隼雄との講演で「自分の両親は国語の教員で、朝食を食べながら、源氏物語がどうこうと話していて、子どもとしてはそれがとてもしんどかった」というようなことを言っていて、私は「それの何がしんどいの??」と思った。
あまり書くとネタバレになるけど、村上さんのお父さんはお坊さんになる学校に行って(お寺の次男だったから)、手違いで戦争に駆り出され、その後は京大に行き、院の途中で息子が生まれたから中退して教師になったらしいのだが、なんかもうお父さんの人生が既に文学的じゃないか。
私はインテリで素敵なお父さんだわと思ったけど、春樹さん的にはそういう日本文学みたいなのって苦手なのよね、きっと。子どもが生まれたからって文学の道を諦めるのも自己犠牲みたいだし(現実的なだけだと思うけど)。
お父さんも口では言わないけど、こんな恵まれた環境なのに、なんでこいつは勉強もせずにジャズだのデートだのと言ってるんだと思うのよね。
みんな多少なりとも親を見て「こうはなるまい」と思うんだなと思った。
自分は違う道に行こう、と。
いや、うちと村上さんちでは次元が違うけど。

時間とは闘わない。

(おしらせ)
HPに不具合が出て、galleryページとtravelが変になっています。
contactも不備が出ているので、HPからメールは届きません。
修正して、今後はスマホ対応にHPがリニューアルする予定です。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

セシルマクビーが倒産するんだと。
一度も購入したことがないギャル服だから、特に困りはしないんだけど、世代的にド真ん中なので、新宿のセシルマクビーの店を横目で見て歩いていた。
うん、一度も買ったことないけど。
その当時は好みじゃなかったし、自分には似合わないと思っていたから、109とかもそうなんだけど、殆ど入ったことない。
じゃあ、渋谷で何してたかっていうとアップリンクで映画を観たり、ライオンっていう薄暗いクラッシック喫茶で休憩したり、Bunkamuraで展示観たり、シアターコクーンで舞台観たりしてたよ。
平日休みで友だちと予定が合わなかったら、一人でも行ってたし、楽しかったけれども。
一度ぐらいギャルになってみるべきだったかもしれない。
ああいう服とかメイクって攻撃性を感じるほど女性的なんだよね。
それが苦手だったんだけど、ある意味女性であることを肯定して楽しんでいるようにも見えるし、ギャルっぽいのが好きな異性からは高評価で、清楚系が好きな異性からは敬遠される。
私は何故かこの清楚系が好きな人たちに好かれるタイプだったので(清楚じゃないのに)、とってもとっても迷惑だった。
大人しそうだから、グイグイ行けば落ちるだろうって最初っから上から目線でわけがわからん馴れ馴れしいメールとか、「こんなに好きならせてくれてありがとう」的なポエムが届いたり、異性の思い込みにイラッとしたり、ゾーッとしたり、失望したりして忙しかった。
いつも、「私はあなたが思っているような人間じゃないんです!!」って思ってた。
それが、もしギャル服を着たら解決していたかもしれない。
従順な自分だけの奴隷が欲しいだけの勘違いモラ男は「強そうなギャルはやめとこう」ってなるじゃん、多分。
多分、だけど。
私がそういう特定の勘違いモラ男(自分のことも私のことも勘違いしていて、異常に思い込みが深く、認知が偏っている)を引き寄せるのは、私がぼんやりしてて自己肯定感が低い所為だと思う。
単純に色が白いので、弱そうに見えるっていうのと、自己評価が低いので、そういうのを嗅覚鋭くモラ男は見分ける。
青木さやかが自分の母親は教員で一度も褒められたことがなかったので、自己肯定感がとても低いというようなことを言っていたが、そう言われてみれば、うちの母親も元教員で、私のことを一度も褒めたことはないし、放置子だった。
何か困ったことがあっても「あんたが悪いんじゃない?」で済まされたし、父親も子どもをからかって遊ぶような頼りにならない人だった。
学校にも家にも自分の味方はいなかったので、おかしなことがあっても我慢するしかなかった。時々爆発してたけど。
何年か前から「自己肯定感」ってトレンドだけど、私は「自分は自分でいい」と思う感覚には賛成するけど、「自分が正しくて、あいつが悪い」とか、何でも勝ち負けで表現する「異常に自己評価の高い人」は評価しない。相手を打ち負かすことは美しいことではない。でも、それが生きる指針になっている人は多い。
そして、20代はそういう人に寄ってこられることが多く、30代は自己愛性人格障害の男にタゲられて職場でも工房でもハラスメントに遭っていた。
ほんと、20代の時につき合った男と結婚しなくて良かった。危ないところだったぜ!フー!!(汗を拭く)
大体、「オレってすごいんだぜ!」っていう、中身カラッポの自己評価の高すぎる張りぼてのパッチワーク男たちは人を見た時「こいつは利用できるかどうか」っていうのを瞬時に考え、相手への接し方を決める。
職場でそういうことするサディスティックな男って、プライベートでモテないから、同僚が逃げられない職場で女性をいじめて性癖満たしてるだけなんじゃないかしら。ダッサ!
一時、アンティークが好きで家具だけでなく、服や着物もそういうのを揃えていた時期があったんだけど、その時は見事に変な男は寄って来なかった。多分、理解の範囲を超えるんだと思う。
一番危ないのはちょっとコンサバっぽい恰好。
でも、一番似合う(笑)
アンティークが好きだった時はgoaっていうブランドが好きで、コンサバっぽい恰好をしてた時はZAZIEっていうブランドが好きだった。今は両方ともない。
goaがなくなる時は悲しくしてメルカリでTシャツを買いまくってた。
(1枚5000円ぐらいするけど、メルカリだと1000円ぐらいで買えた)
着物はさすがに捨てないけど、もう若い時の服は捨てたり、あげたり、売ったりした。
昔、有楽町で働いていた時、新人OLのアフター5みたいな甘い系の服を着た人が出勤時の駅に沢山いたんだけど、顔を見てみるとなんと40オーバー!!ということがざらにあり、朝から「ヒィッ!」ってなってた。
若い頃からあんまりスタイル変わらない人ってそういうことしがちだよね。
怖いから、ああはならないようにしようと思って、結婚した時にミニスカートとかワンピースとか処分した。
服は所詮自己満足の世界なんだけど、これからは「人を不快にさせない程度の清潔感」が求められる。
年齢的に同級生~ちょっと年上の人を見てて思うのは、髪パサパサとか、谷間見えてるよ!とか、みすぼらしいのとかいやらしいのは許されないと思うわ。
あと、無理してエイジングにアンチせず、私は「年相応」が幸せなんじゃないかって思う。
今、私は時間を戻したい(容姿の)と願う心より、「いかに時短するか」が心を占めている。
よく、時短レシピって紹介されてて「なんで、そんなに時間短縮したいの?」って思っていたけど、働いて帰って毎日ご飯を作って子どもを風呂に入れて寝かしつけていると、ほんとうに時間がない。
夜ご飯も1時間ぐらいかけて何品も作っていたけど、手間暇かけたってどうせ子どもは好きな物しか食べないから、もはや「簡単にできて、食べてくれる物」が基準になっている。
20代で結婚出産してた人たちはこんなこと10年以上前からやってたんだよね。
ほんと、今更、人生のツケを払ってる感じ。

 
ストロベリームーンと彩雲。
両方とも、見ると良いことがあるらしい。

向こう岸へ渡る。

研修でワークショップのサポートスタッフに入った。
午後から自分も制作してみた(それがこれ↑)
アクリルケースと舟の形のおかげで、どんな人でもそれなりの作品に見える(笑)
それと、自然物というのはそれだけで美しい。
私が魚とか花とかキノコとか人とか(人だって自然物)描いたところで、本物の存在感にはかなわない。
本物よりも良い絵が描けたら、それはそれで素晴らしいけれども。

 

このワークショップに参加していて、山に入って「何、拾おっかな~」とうろうろしている時に、ニュース速報が入ってきて(ネットニュースのアプリをダウンロードしているので、地震速報とか入ってくる)、三浦春馬が死んだのを知った。
ファンではなかったので、最初は「は?なんで?」ぐらいだったんだけど、それ以来、何故か悲しくて、「そうだ、これはずっと小さい時から見ていた親戚の子どもが死んだような感じなのかも」と思った。
あと、自殺っていうのは色んな要因があって、みんなアレコレ詮索するんだろうけど、ストレスとかプレッシャーとか不安とか過労とかハラスメントとか、そういう負荷がずっとかかり続けて、精神疾患にならないと選ばないことなので、周りの人は「早く気づいてあげれば良かった」と後悔する。
男性だと弱音を吐くのは恰好悪いと思うだろうし、女性だってずっと愚痴を言ってたら嫌がられるかも、と思って控えたりする人もいるだろうし(私の印象では女の方がぐでぐで文句言ったり、すぐリストカットしたりするような気がするけど)、周りはおろか本人さえも気づかない内に変になっていて、どんどん視野が狭くなってしまって、自分を失ってしまう。
真面目な人ほど鬱になりやすいってよく言うけど、真面目な頑張り屋だと「これぐらいできる」とか「みんなに迷惑かけられないから」とか思って、頑張り続けて、壊れちゃって最終的に一番大ごとを引き起こす。
仕事を辞めて周りに迷惑かけてでも自死は避けるべきだな、と思った。
あんなイケメンで何でもできる人だって病んじゃうんだから、心を病むのは別に恥ずかしいことじゃないんじゃないかな。
なんか、男の人はきっと強くないといけないって思い込んでる。
弱いからおかしくなっちゃうんじゃなくて、頑張ってたから病気になるんだと思う。
石田徹也という画家がいて、31歳で鉄道自殺したんだけど、たまたま私が31歳の時、工房でその人の画集を見ていたら、その日が命日で震えた。
石田徹也はひとつぼ展でグランプリを獲った画家で、ひとつぼ展ってデザイン系の公募展なんだけど(実際、ムサビの視デだった)、なんか意外な作品だな、と思った。
いい絵なんだけど、デザインっぽくなくて、これはファインアートだろうと思った。
すごくファンは多いんだけど、生前は絵で食べていけないからずっとバイトしていたみたい。そういうのっていくら才能があっても苦しい。
絵からしても、もう真面目そうだし、思いつめそうだもの。
もし、石田徹也が親からふんだんに仕送りをもらっていたら、もし、アパート一棟持ってて家賃収入があったら、もし、バリキャリのヒモで養ってもらえていたら、今でも生きて絵を描いていたかもしれない。
でも、そういうこずるいことができないから、ああいう絵が描けたとも言える。
だって、あの絵って日本の耐える男そのものだもの。
別に、男性に限らず女性だって我慢が美徳であると教えられるけど(誰に言われるでもなく、空気圧で)、クレーマーみたいな人とかいっつも喧嘩腰で文句ばっかり言ってる奴とか、そういう人には「ちょっとは我慢しろ」とか「現実を受け入れて、反省しろ」とか言いたくなるけど、あんまり死ぬところまで我慢するって良くないよね。
大爆発する方がまだマシというか、耐えて耐えてひょいと一線を越えるように死ぬ人っているから。
残された方はたまらないというか、答えが出ない(いや、むしろ出ているのか)問題を突きつけられて、尚且つ、それを伝える相手もいないんだから。
自分の子どもが「イジメられて死にたい」とか「仕事がハードで死にたい」とか言い出したら、もう即辞めさせようと決めた。
まぁ、その前に異変に気づける母親にならないといけないんだけど。

時代は変わってきている。

私のミスでHPに不具合が出て、1つブログの記事が消えたのでコピーを貼り付けます。
少しネタが古いような気がするのは、5月の投稿記事だからです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

新型コロナの所為で日本中が自粛生活だけど、私はつい最近まで毎年妊娠・出産していてずっと自粛生活みたいなものだった。
だから、まぁ別に自粛生活は慣れてるというか、特に苦ではない。
それより、お金がないとか仕事がないとかそういう人の方が不安だと思うし、私がもし結婚してなくて、今の仕事にも就いてなくて(今年から新しい職場!)、ずっと東京で一人暮らししてたら、ほんとにヤバかった。
コロナが蔓延しててヤバイという意味でも、今までの職歴の仕事はコロナでなくなってるという意味でも。
コロナで死ぬ前に経済的に死んでるな、と。
昔、在籍していた会社でコロナ前に倒産してる会社もあるし・・・。
自分が思う通りに動いて正解だった。
あの時は、このままではヤバイと思って動いたというより、自分の為だけに生きていくのに限界を感じたので、人の為に生きていきたいなと思って生き方を変えたんだけど。

 

岡村が炎上してるのを見て、余計なことを言わないって大事だなと思った。
「今はしんどいかもしれないけど、耐えた先にはいいこともあるかも」で、止めとけば良かったんじゃないの?
それを、通常なら体を売らないで済むような人までもがお金に困ってお嬢をやるだろう、それが楽しみだ、ということまで言ってしまった。
それで、「そういう考えは女性蔑視である」ということらしいが、それがこんなに大炎上して、何故会田誠の環境セクハラは問題にならなかったのだろう。
別に、どっちも擁護するつもりはないし、岡村の発言はアウトだと思うが、それがダメなら、会田誠の「美術モデルを性的ネタにしてた」という発言もアウトだろう(実際はもっとえぐい表現だったが、マイルドにお伝えしています)。
講演での発言なんだけど、そこに美術モデルがいて「環境セクハラだ!」と訴えたらしい。
美術モデルからしたら、性的な仕事ではなく、芸術のためにやってる仕事なのに、そんな風に言われるなんて不愉快です!ということなんだろうけど。
何故か今後一切関わるなという主催者側がこの人をクレーマー扱いしていた。
もしかしたら、今までもトラブルを起こした人なのかもしれない、それでも私は腑に落ちなかった。
「そもそも会田誠って、そういう奴じゃん」ってことなのかな?
それで、許される時代じゃなくなったのに?
会田誠が変態なのも、岡村隆史がこじらせてるのも、みんなが知っていることではないか。
うん、それを踏まえてもダメでしょう。
私が大学生だった20年前、平気で「おっぱい大きいね」とか言う教授がいて、私が不快であることを伝えると周りの男子がその教授を庇うようなことを言い、それで話は終わった。

高い学費払わされて、何も教えない教授に子どもがセクハラされてたら、親も浮かばれない。
夫なんてもっとひどいアカデミックハラスメントを受けて、不貞腐れていた時期があったらしい。
明らかにおかしいことでも、学生は訴えようがなくて、「上が白と言ったら黒いカラスも白になる」と言っていて、その話を聞いた後に日大アメフト部が同じようなことを言っていて「うぁ、ほんとにこんな世界があるんだ」と思った。
それでも、立ち直って、卒業して試験受かって資格を取ったんだから偉い。
私は子育て中に2度目の大学生をやって、教職と学芸員の資格を取ったんだけど、先生たちが全然違うし、時代は変わったのだと感じた。
採用試験とスクーリングがかぶっていて、卒業に必要な単位が取れなくて、まだ卒業できていないんだけど、資格に必要な単位は全部取り切って、卒業前に就職が決まった(元々、別の四大出てるから卒業してなくても、そういうことができる)。
夫とつき合って「資格って大事だな」って思ったし、まっとうに暮らすっていいなと思った。
通学生の時も通信生の時も何故か教職とか何か資格を取ろうとすると「なんで、そんなの必要なの?」と色んな人に言われた。
20年前は「は?先生になるの?」と小バカにされたり(教育学部じゃないから、そういう感じだった)、周りの教職取ってる同級生もどんどん脱落していった。
今は「もう結婚してるのに、なんでそんなことするの?」と言われる。
つまり、働かなくてもいいのに、という意味で言われる。
でも、一応美術の先生になろうと思って、鳥取に帰ったので、その辺は初志貫徹しようかな、と。
私がこういうことをしていると「理解ある旦那さんで良かったわね~」と色んな人に言われた。普通はやらせてもらえないよって。
そうなのかな?どうして、世の中の奥さんたちはダンナの許可がいるわけ?
どうしてかわからないけれど、まぁ、反対されなくて良かった。
うちの夫は応援しているというより、多分「この人はこういう人だから仕方ない」と諦めているのだと思うけど。
結婚式の時に私の大学時代の友人たちに夫が囲まれて何か言われていて、何話してんだろと思っていたら、式が終わった後、夫に「ねぇ、紗織の友だちに『あの子、フリーダムで迷惑かけると思うけど、よろしくお願いします』って言われたんだけど」と言われた・・・。
それ以降、私が何をやっても「どんだけフリーダムなんだよ」とか「出た、フリーダムが。報連相がなってない!」とか言われるようになった。
自分の頭の中では計画を練って練って実行しているから、周りにも伝わっている気になっているけど、夫から見たらある日突然私が何かを始めているように見えるので「聞いてないんだけど」って感じになるらしい。
だから、今後の目標としては卒業したあかつき(?)には東京で個展をするんだよと話した。
(もう場所も決まってるんだけど、コロナでその画廊がなくなったらどうしよう)
それまで、みんなが元気で生き延びなきゃ。

 

↑ 新作の主版の下地に描いた絵。
これだけでもいいような気がする。

 

 

楽園は身近に

IMG_20200425_124802_423

校外研修で地元和紙を使ってランプを作っているS先生のワークショップのアシスタントをすることになった。
自分は人に美術を教えるには工芸的なことが弱いので、陶芸とか和紙とかを学ぼうと思っていたのに、コロナ禍で全てがなくなりそうな勢い(陶芸も別の先生に教わる予定)。
まぁ、命には何物も変えられないから仕方がないことなんだけど、すごいタイミング・・・。
人によるのだろうけど、私は勉強する時は一気に集中してやる派なので、こんな中断しながらダラダラするのは合わない。
さかもと未明が「まさか発達障害だったなんて」(星野仁彦と共著)で仕事をやる時は一気にやるって言ってたけど、過集中する人はその方が合っているらしい。
トトロでお父さんが論文を書いてる横でメイが「お父さん、お花屋さんね」とチョロチョロ遊びに来るんだけど、学者で(メイのお父さんは大学教授)そんな仕事の仕方できる人なんていないと思う。
私も家族がいる時は気が散るから制作しないもの。
仕事や勉強だけでなく、過集中は感情もあるらしく、例えば怒りとか悲しみとかそういうネガティブなものに集中してしまい苦しむということもある(と臨床心理士の人が言ってた)。
冷静に考えられない時はそういう感情を手放してしまうしかないんだけど、それができないから(発達障がいのある人はストレス耐性もないし)、苦労するんだと思う。
ただ、悔しかったことは悔しかったことで返すしかない。
やられた相手にやり返すとかではなく、悔しいと思ったら次結果を出せばいい。
ルサンチマンは健全に昇華するのがよろしい。
一番面倒臭いのは、こっち正当なことを言っていても、裏から手を回して自分の都合がいいように持って行く奴とか、やっかみで悪口言いふらす奴とか、マウンティングしてくる奴とか、そういうのはどうしようもないので「かわいそうな人だ」と思うしかないのだけど。
そういう奴って自分が都合がいいように話を作るし、平気で嘘つくから性質悪いんだよな。
閑話休題。
S先生の和紙灯り作りは「地上の楽園」で放送され、全国からやってみたいという人が殺到したり、ワークショップの依頼があったらしい。
S先生は元々作家活動をされていた人ではなく、学校の先生で(教科も美術でもなく)校長先生を退職した後、山ノ内さんの青谷和紙を使ったランプを見て「自分も作ってみたい!」と思って始めたらしい。
定年退職後に自分の工房を持って制作をして、時々ふらりと「教えてください」って人が来て、人との交流もあり、自分が夢中になれることもあり、ささやかな収入もあり、すごく健康的で理想的な老後ではないか、と思った。
正に、地上の楽園(笑)
過集中の癖がない人でも「何かに夢中になる」という時間は脳をフロー状態にする効果があり、ストレス解消に役立つ。
山ノ内さんのランプはもう少し上品な感じで旅館とかに卸しているけど、S先生の作品は蔦のフレームがアールヌーボーっぽくていかにも奥様が好きそうな感じで、良い意味でおかんアートに近い親しみを感じる。
そこがきっとみんなに愛されるポイントなんだと思う。
江戸時代、和紙漉きの技術は藩から出してはいけないものだったが、青谷の鈴木弥平が流浪している美濃の弥吉という者を助けたところ、弥吉から紙漉きの技術を教わる。(参考文献・「江戸の想像力」田中優子)
青谷和紙は人助けによってもたされた山陰の宝なのである。

ゆらりん工房

自分でかんがえる。

全国休校要請が出て、まず思ったのが「休みになったからって、遊びに行く人がいそう」と。
そしたら、速攻ディズニーとUSJが休館になってた。
北海道の知事が対策をバンバン出してるから恰好いい(?)という話になっているけど、そもそもさっぽろ雪まつりしなければこんなに感染しなかったんじゃ・・・?
こういう時は、もう戦時中みたいな気持ちで過ごすぐらいがちょうどいいんじゃないかと思う。
非常事態にライブとか行ってる場合じゃないだろう。
爆撃はないし、ウィルスだから目に見えないけど、ヤバイんだよって思って過ごさないと。
東日本大震災の時も仕事ができなくなったり、節電で停電になったり、自粛自粛だったけど、その時みたいな気持ちで・・・って、自粛してない人、結構いたけどね!
特に、私たちの上の世代。フツーに花見したり、居酒屋で飲んでたりしてたのは、みんなオッサンたちばっかりで、なんなんだ、こいつら!と思った。
真っ暗な電車に揺られて、遅めに出勤してたら、突然オバサンが「なんで、若い子が優先席座ってんの!あんないいCM(フツーのCM流せなくてACばっかりだった)やってるのにね!」と大声で知らないおばあさんに話し出して、そこからうちの息子は早稲田に行っただの、今は留学してるだのよくわからん自慢(?)が始まって、サラリーマンっぽい人が注意して収まった。
ラッシュ時に電車に乗るとみんな気をつかって(?)静かなんだけど、昼ぐらいの空いてる電車に乗ると主婦っぽい人が多い。
そんなフツーの主婦っぽいオバサンが真っ暗な電車の中、みんなじっと我慢してるのに、よくわからん因縁をつけて大声で演説をし始めた。
優先席に座ってたのがどんな人か見てないけど、若い人だって具合が悪ければ座ってもいいんじゃないの?と思いつつ、みんな神経が過敏になっているんだと感じた。
そして、工房に寄ったら、先生が「こういう時ほど、絵を描こう。これぞ、世紀末絵画だ!」とか言っていて、棺桶ぐらいでっかい段ボールが届いた。
・・・中身はトイレットペーパーだった。
(なくなると思って買い占めたっぽい)
放射性物質が心配だからといきなり九州とか沖縄に避難する人もいたし、私もなんか色んなことがうまく回らなくなっていた(バセ発覚以降、体調が悪かった)。
で、何年かして
①美術の先生になる→東京では中高持ってないと受験資格なし。
②結婚する→一人で入院するのが嫌だった。
③子どもが欲しい→これ以上、引き延ばすとタイムリミットが来る。
と、神の啓示(嘘)を受けて、3ヶ年計画で「35才までに再就職、結婚する」と決めたけど、教員の募集はないわ、結婚相手はいないわで、全然うまくいかなかったけど、同じ期間東京にいて同じ時期に帰って来た人と結婚した。
夫は別の人と結婚するつもりで、連れて帰ってきていたんだけど、諸事情により相手がいなくなったので、そこに私が収まり、車や指輪がもう用意されてた。
・・・別の人(前の彼女)用だけど。
車はともかく、指輪はないだろう。
「いや~、ちょうどいいところにあるんだよ~」とか云って出してきたけど・・・いらねーよ!!
夫は社会人になって貯金がようやく100万円になった時、90万円の指輪を買わされ、貴金属買取に出したところで二束三文だし、と後生大事にとっておいたらしい。
(のちに私が台座だけ貴金属買取に出し、そのお金で婚約指輪のダイヤをネックレスに作り直した。婚約指輪のダイヤって一番いいダイヤで作るって聞いたから、ダイヤだけ活用した)
このエピソードはお昼ご飯の時に話したら、普段穏やかな人がむせるぐらい笑ってくれたので、まぁいいかと思っている(笑いがとれたから)。
で、私たちはスタージュエリーの3万円のフツーのペアリングを買って結婚指輪にした(再度、何十万もするのを買わせるのがかわいそうだった)。
そして、籍を入れて半年で妊娠した。
病気になった時や3.11の時に考えていたこと、「自分は何がしたいんだろう」ってことは結局10年ぐらいかかったけど、全部答えが出たし、全部手に入れた。
今は情報が気軽に手に入るし、色んな考えが知れるけど、最期は自分が決めることだから惑わされないことと流されないこと、自分で考えることが自分にとって最良の選択に繋がるんだと思う。
ただやみくもに動いたり、喋ったりする前に方向を決めて力を集中させないと。
多分、それが早い人は高校や大学でできるんだろうけど、私はその時その時でやりたいことがあったり、いちいち人が云ったことに傷ついたり怒ったりして、無駄が多い。
非常事態でそっと生きている時こそ、ほんとうに大事なことだけしよう。

引きこもれない。

新型コロナが流行る前だったからいいけど、12月半ばに肺炎になった。
介護等体験に行き、その帰りに飛行機に乗ってスクーリングに行って、鳥取に帰って職場に行ったら、息をするだけで肺が痛くなって「ヤバイ!」と思って病院に行ってCT撮ったら肺炎になってた。
※新型コロナとかマイコプラズマではない。

 

 

通信で教職と学芸員資格を取ろうとしていて、レポート提出だけじゃなくて、スクーリングや実習、実技、試験があって暫く忙しかった。
子育てもあるし。
というか、子育て中でフルタイムで働けないから、その間に通信で資格を取ろう!と思ったのだが、親には「果たして、そこまでする必要があるのか・・・」と云われた。
実際やってみて、感じたのは「大人になってから勉強する人の方が熱心だ」ということ(私は資格取得という目的があるけど、他の人は純粋に勉強したい人が多い)。
今、社会人の学び直しとかスキルアップのために朝活とかする人がいるけど、自分が学びたいという意欲が一番大事なんだな、と思った。
そして、レポートが通らないとか、試験に合格しないとか、地方に住んでいるとスクーリングに行くのが大変だとか、色々くじけそうになる度、東進の林先生の「勉強が嫌ならやめればいい。勉強なんて贅沢なんだから」という言葉を思い出して、自分がやろうと決めたんだからやり遂げようと思った。
(しかし、来年度は休学するので、卒業はまだ先)
何度も、やろうと思っていたんだけど、なかなか踏み出せなくて(やる気の問題ではなく、仕事の都合とかタイミングが合わなかった)グズグズしてたけど、やるって決めたら、全てがトントン拍子に揃った。
東京に行った時、昔のバイト先に飲みに行ってマスターに通信のスクーリングで来てると行ったら、じゃあうちの1階に空き部屋があるから、そこ使っていいよ、と云われ(マスターとママさんが大家でアパートを一棟持っていた)宿まで確保できた。素晴らしい。

 

私は高3~浪人中にかけて、今思うと抑うつ状態のようになったことがあり、勉強してもデッサンしても何故か成績が上がらなかった。
学校や予備校には行けてたから、重度ではなかったのだろうけど、人と喋りたくない(でも、頭の中では喋ってる)、学校に行くだけで精一杯、もうとにかく耐えればなんとかなると思い込んでいた。
その時は小説家の三田誠広さんが自分が不登校になった時の本に「学校なんて所詮箱庭です」と書かれていて(世界は広い、みたいな意味だったと思う)、それを心の支えにしていた。
浪人の途中で、真面目にやってもテキトーにやっても一緒じゃん、と思って演劇観に行ったり、美術館に行ったりし出してから元気になって、予備校も変えたら集中できるようになってなんとか大学に行けた。
その後、大学院に行きたかったけど、親に経済的負担をこれ以上かけられないから行けなかった。その時、同級生が「院に行くより、浪人中の方が勉強になったから(大学院は)いい」と云ってて、私もなんとなく諦めがついた。
ただ、未だに浪人中の夢をみたり、京芸の通信だったら院の資格が取れたのか(私はムサビ)と思ったりするので、今やってる勉強が私にとっての大学院だと思うようにしている。
大学に行ってた時は講義を聴いてれば単位が取れたけど、今回は自分で調べたり読んだりしなくちゃいけないので、身につくのはこっちの方かもしれない。

 

 

自分の勉強も大事なんだけど、子どももそろそろ勉強させるかなーと思って3才と2才の子にはドリルを買って保育園から帰ったらやらせていたんだけど、限界を感じ(家にはお菓子やDVDなど誘惑が多すぎる。他人に教えている時はイライラしないのに、我が子に教えていると「なんでこんなこともわからないのか」とイライラしてくる)公文に入れることにした。
あと、ピアノとバレエを習わせたい。
それは、そっくりそのまま自分が幼少期にやりかったことだ。
習い事や塾に行きたいと云っても行かせてもらえず(旅行とか外食はしていたから、貧しかったわけでもないのに)、両親は20時頃に帰ってくるから勉強をみてもらったこともないし。
だから、子どもとカルタみたいな教材で遊んだり、アップルパイを焼いてあげたりしていると「うちの親はこんなことしてくれなかった」と淡い怒りと悲しみが湧いてくる(だから、恵まれている我が子が憎い、とかは思わないんだけど)。
別に毒親育ちでもない私ですら、そう思うんだから虐待とかネグレクトとかに遭っていたら、子育て中もフラッシュバックしてきて苦しむんだろうな。
私がイライラするのは、真ん中の子が飲み込みが早くてなんでもできるのに(保育園の先生も賢いと褒める)、長女がなかなかできないので、バカなのか・・・?と思ったりするからもある。
(多分、普通なんだけど)
第1子妊娠中は仕事も家庭もほんとーに辛くて(義親と同居だけでなく、義妹家族までいた)、車の運転も始めたばかりで「心配だから早く帰ってこい」と夫に云われていて自由がなかったから、全てを捨ててどこかへ行きたいと思っていた。
産んだ後も誰も助けてくれなくて、ワンオペ&女中扱いだったので、今でも恨みに思っている。
第2子妊娠発覚時に「このままではいかん!」と思って、義妹家族を追い出した。
義親と義妹夫婦には悪者にされたけど、自分が子どもを育てやすくするのが一番大事だから、どう思われてもいい。
子育てカウンセラーに話したら「わけのわからん屁理屈をこねて、共通の敵を作って攻撃する。典型的なモラハラ男(義父と義妹の夫が。うちの夫はそういうことはしない)ですね」と云われ、腑に落ちた。
そして、「私は闘って勝ったのだ」と自分なりに落としどころを見つけた。
今は子どもを幸せにするのが、過去への復讐だと思っている。

IMG_20200114_164033_872
長女が描いた呪われそうな絵。