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日々の写真

湯梨浜

 

クートラスのカルトが飾ってあった。
湯梨浜 カフェ ハクセン
http://hakusen-store.com/

日々の写真

倉吉

 

日々の写真

鳥取市

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グループ展

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今日から開催される交差展に参加しています。

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他の出品者の作品ですが、芸大でテンペラをやってた宮本さんが出していたり

多摩美を出た後、ドイツに留学していた藤田さんなどが出品されています。
(私が卒業した時に入っていて、入れ違いだったので初対面)

IMG_20161123_103230私はリトグラフを4点出品しています。
大学では銅版画を専攻していたのですが、一応一通りリトもやったことがあるのです。
「やったことがある」という程度で、いざやってみると行程を忘れていたけど。

 

会場/ギャラリーそら
場所/鳥取市栄町658-3駅前サンロード
日にち/5月4日(木)~5月10日(木)
時間/10:00~18:00(最終日のみ16:00)

カミーユの悲劇

泰葉が10年前以上前に離婚した小朝から暴行(階段から落とされたり、運転中に殴られていた)を受けていたとブログで告発しているのを見て、なんとなくカミーユ・クローデルのことを思い出した。
カミーユ・クローデルはロダンの愛人であり、モデルであった女性で、自身も優れた彫刻家だった。カミーユ・クローデルは才能があって、若く美しかったが、寡作でどの作品にもロダンの影がつき纏っている。寡作なのは、ロダンと別れた後、統合失調症になり精神病院に入ったっきり20年出てこられなかったというのと、入院する前は制作しても「ロダン先生が私のアイデアを盗みに来る」という被害妄想にとり憑かれて作品を自ら壊していたからである。
カミーユ・クローデルが19歳でロダンに弟子入りした時、ロダンは独身だったので「愛人」というのも変だが、ロダンには内縁の妻ローズがいて、カミーユ・クローデルからは制作のエネルギーを貰い、ローズからは安らぎを貰っていた。カミーユ・クローデルは美しく才能があったが、ロダンほど狡猾さはなかったし、自己愛性人格障害のロダンに利用されていたにすぎない。(ちなみに、ローズは死の1ヶ月前にロダンに籍を入れてもらえた。正に余命1ヶ月の花嫁)
で、まぁ、落語家と彫刻家に接点はなさそうだが、なんでなんとなく似てるな、と思ったかと言うと落語も彫刻も男の世界という感じがするからだ。で、そういう落語(彫刻)の世界に惹かれて、それをやってる男の人に惹かれたんだけど、相手が悪かったので精神壊されたのが同じだなと。
ただ、今回の泰葉の言ってることを殆どの人は「ハイハイ、またか」と聞き流してるだろうし、ネットには「炎上商法」とか書かれてたし、小朝も相手にしないだろうけど。
炎上商法というか、夫婦間でモラハラに遭ってフラッシュバックしてきてるだけだと思う。泰葉は両極性障害なので、春になって暖かくなってきたから躁状態になって暴走しているだけかもしれない。
離婚した時は金屏風の前でホルダーネックの服を着て、泰葉が「金髪豚野郎」とか言ってて、金髪豚・・・じゃなくて、小朝も大変そうだな、と思った。私だけじゃなくて、世の中の殆どの人はドン引き(特に、男性は)だったと思う。その後、泰葉は「開運離婚」という本を出したり、テリー伊藤に泣きながらわけのわからんことを言っていて「精神疾患を患っているのは・・・?」と思っていたら、案の定、躁ウツ病だった。
ホルダーネックの服を着て肌を露出していたのは「膝を出すな(短いスカートを履くなという意味)」と小朝に言われていた当てつけかもしれないし、テリー伊藤に「あたしを受け入れてくれる男の人がいるはずだ」とか言っていたのは「子どもを生むな(子どもはいらない)」と小朝に言われていて、いざ離婚したら子どもが生める年齢じゃなくなってて悲しくなったのかもしれない。
離婚した時はわからなかったけど、今更騒ぎだしたことによって、私は「カミーユ・クローデルと同じように、泰葉も才能や人生を潰されたのかなぁ」と感じた。でも、こればっかりはいくら言っても被害者が損をする類いの話で言えば言うだけ「イタイ女」になってしまう。
モラハラは裁判しても勝てないし(立証しづらい。高橋ジョージのように加害者が最後まで認めないから)、人に言っても愚痴を言ってるだけに聞こえるし、ブログに書けば不愉快だと叩かれる。ましてや、夫婦間なんて結婚している間は「好きで一緒になったんだから」とか「結婚は忍耐だ」とか、そういう一般論を言われて「私も悪かったのかな?」と思ってしまうから不思議。ヤバイと思ったら、精神疾患を患う前に逃げなきゃ。
「智恵子抄」の高村智恵子が統合失調症になったのも高村光太郎に原因があったのではないかと詩学の先生が言ってたことがあって、びっくりした。高村光太郎は病んでいく智恵子のことを考えて温泉巡りをしたり、九十九里浜に移住したり、亡くなった後も「智恵子抄」を出版したりしているので、モラハラ男とはほど遠い印象だが・・・?
結局、夫婦とか家族という密室の中の出来事の真相はわからないし、それを表に出さないことが美徳とされているから人生を潰された方の言い分は抹殺されるわけだ。職場でも家庭でもモラハラ男にタゲられたらおしまい。我慢してるとどんどん悪い方に悪い方に持って行かれる。病む前に速攻で逃げなきゃ。

Tシャツ展

明日から開催されるTシャツ展に出品しています。
デザイナーやアーティストだけでなく、色んな職業の方、108枚のTシャツがご覧いただけます。
私は去年制作したシルクスクリーンの作品で、キッズ90cmを作ってもらいました。

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どんな絵でもいいんだけど、「どこかに鳥がいること」という縛りあり。
私の図柄は鳥と鳥籠。ちょうど、そのまんまの絵があったから出品。

 

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着るとこんな感じ。

 

場所/ギャラリーそら
住所/鳥取県鳥取市栄町658-3 駅前サンロード
期間/4月23日(日)~4月30日(日)
時間/10:00~18:00

 

http://www.gallery-sora-kuu.com/

カメラ・カメラ・カメラ

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幼馴染みと関金にあるモダンチックに行ってきた。
子どもの頃から交差点挟んで斜め向かいというご近所さんに住んでいて、何故か同じ年に結婚し同い年の子どもを生んだという同級生。
結婚して引っ越しても、偶然近所に住んでいるので、育児の気晴らしにお茶に。

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子どもが生まれた時、カメラを買おうかと思っていたら、一眼レフを義父が譲ってくれた。
行事の時しか使わなかったので、勿体ないと思いカメラを習いに行くことにした。
以前から写真を本格的にやってみたいと思っていたので、ちょうどいい被写体(子ども)もいるし、いい機会なので練習がてら撮影。

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色んなモードで撮影。雑貨も売ってた。
学生の時は写真の授業をとってた時があるんだけど、その時はデジカメ全盛期だったのでデジカメ(当時流行っていたIXY)で撮ってコピーでわざと荒くして課題を提出したような気がする。
アラーキーの真似なんだけど、天才と凡人の違いがわかっただけだった。
まぁ、写真そのものが作品になる道のりは長くとも、絵の資料にはなるかな。

 

全治8ヶ月

今日、「生後6ヶ月の赤ちゃんが乳児ボツリヌス症で死亡」というニュースをやっていた。
1歳未満の子どもにハチミツを与えてはいけないのは常識だと思っていたけど。
知らないって怖いんだなぁと思った。
私が子どもを産んでから、覚えているだけでも
・生後1ヶ月の子どもの顔がかわいくないから幸せになれないと母親が悲観して飛び降り自殺(二人とも死亡)
・酒を飲んで生後半年の子どもと風呂に入り、母親が湯船で寝てしまい子どもが死亡。
・祖母宅で飼っていた犬に噛まれ10ヶ月の子どもが死亡。
・育児ストレスで9ヶ月の子どもを母親が床に叩きつけ死亡。
うろ覚えだが、赤ちゃんが死んでいるニュースが1年間だけでもこれだけあった。
こういうニュースが出る度にネットで「育てられないなら産まなきゃいいのに」という意見が出てくるんだけど、そんなこと母親だって重々承知の上で産んでる。
産後うつや育児ストレスで頭が正常に働かなくなることだって知識としては知ってるんだけど、自分の身に起こっている時、そこから逃げてクールダウンできないのが育児だと思う。
よくブラック企業で働いてうつになって自殺するぐらいなら辞めればいいのにと言うけど、そこで辞める判断ができないぐらい追い詰められているのと同じ。
私は生後半年ぐらいまでワンオペ育児だったので、ちょっとおかしいんじゃないかと家族に詰め寄って、その後は改善した。
自分が育てやすい環境に持って行かないと、10年後20年後も妊娠~出産~育児中にやられたことを根に持つと思う。
10年後20年後どころか産後2年以内に離婚するケースが多いらしい(産後クライシス
また、産後1年は子どもを守る為に気が立ってるらしい(産後ガルガル期
産後うつぐらいしか知らなかったので、産んでみると「ああ、こういう(心の)変化もあるのか」と思った。
要するに、産むまではおなかが大きくなって出てきたら、そのままスムーズに子育てできると思っていたが、思うように動けなかったり、精神的に不安定になったり、ビジュアルが衰えたりする等の誤算が出てくる。
出産は全治8ヶ月っていうのにはすごい納得した。
昔のお母さんは産後の肥立ちが悪くて死ぬケースが多かったみたいだけど、全治8ヶ月の重傷を負ってる時にムリしたら危険だ。
それでも、お母さんたちはみんなムリしながら育ててるんだけど。
だから、事故や危ない心の変化に気をつけないといけないし、周りに助けてもらわないといけないと思う。
ハチミツのことも知ってるおばあちゃんとかおばちゃんがいたら与えなかったんだろうけど。

子育てブログ

子育てブログってどうなんだろうな~と子どもを産む前から思っていたので、なるべくこのHPには子どものことを書かなかったけど、この1年は完全に赤ちゃんイヤーだった。
(そもそも、このHPは個展のお知らせをしたり、来場者が後々興味を持ってくれた時に見てくれたらいいな、と思って作ったのでなるべく子のことを書かなかった)
今は「母と子は常に一心同体、どこに行くにも一緒!」という感じ。
一緒に動物園や水族館に行って情操教育になる、とかいうのはもっと先の話で、まだ親の行きたい所に連れ回しているだけ。
生後1ヶ月でスリングに入れてファミレスや美術館に行き、コンビニでは知らない人に小型犬だと間違われた。
東京にも子連れで行って、うっかり満員電車にベビーカーで乗ってしまったり、一時預かりが1時間1000円であることに驚いたりして(鳥取の保育園なら200円、ファミサポでも500円)都会で育てなくて良かった・・・と思った。
何が言いたいのかというと子どもがいてもどこにでも行けるし、ママがしたいことをしている方が精神衛生上よろしいんじゃないか、とこの1年で感じた。
子育て中だってずっと家にいなくてもいいんじゃないか。
それで、ストレス溜めて産後うつになったり、虐待とかする方が危ない。
私の子は人見知りもしないし(むしろ、年配の女性を見たら自分から愛想を振りまく)、雑貨屋とか飲食店に行っても騒がないし、家にいて煮詰まるぐらいなら外で子育てした方がいい。
それで、子どもが病気になるんならやめるけど。
ならないし。

 

リアルタイムでは記憶にないんだけど、私が幼少期にアグネス論争というのがあった。
アグネス・チャンが職場に子どもを連れて来て、それに対して「大人の世界に子どもを連れて来るな」と林真理子たちが嚙みついたという騒動らしい。
(その後、林さんも結婚して子どもを産んでたけど、一切子どものことは語らなかった)
アグネスさんは子連れでもいいからと職場の人に言われ復帰したのに、その周りで仕事をしていた女性に反感を買った、というのが私の印象で、それについて「何が悪いの?」と思った。
ただ、そういうクレームが来た場合、私だったらさっさとベビーシッターを雇って子どもを家で見てもらう方法を取るけど。
アグネスさんはその後、自分の子どもをこの国の大学に行かせるのはどうかと思って子ども全員スタンフォード大学に行かせたらしい。
それって、母親によっぽど強い意志がないとできないことだと思う。
子ども4人全員東大理Ⅲに入れた母親は1歳までに1万冊読み聞かせをして(その時点で私はできてない)、タイマーを使って徹底したスケジュール管理をして勉強させてたらしいから、アグネスさんもすごい教育に力を注いだんだろうと思われる。
林さんたちの言い分もわかるけど・・・アグネスさんを叩いてたのが全員未婚の働く女性だったので、そこも「それってどうなの?」と感じた(後々、自分の身に降りかかってこないの?と)
私が子育てブログをやらないのも、独身や子どもがいない友だちいっぱいいるし、世の中には不妊治療をしている人もいるわけだから・・・要するに、こっちが何の気になしでやったことで反感買いたくないな、と思ったからだ。
私に今、子どもがいなくても人の子どもの写真を見てイラッとしたりはしないけど。
そうじゃない人もいっぱいいるんだな、と思う。

この世界の片隅に

「君の名は」はともかく、「この世界の片隅に」が観たいと母親に言ったら、「何故、漫画の映画にお金を出すのか」と言われた。
私たちの世代は生まれた時からアニメがあって、夏休みになればドラえもんやディズニーの映画を観て、中高生になるとジブリを観て(ガンダムやエヴァンゲリオンの人もいただろうけど)、大学生になるとヤン・シュワンクマイエルやユーリ・ノルシュタインのアニメを観た。
別に、映画館でお金を払って観るならハリウッド超大作だけ!とは思わない。
(その前に私は観るのがミニシアター系ばっかりで、ハリウッド映画を殆ど観ない)
漫画やアニメの中にも文学作品と同じくらいクオリティーの高い物語があるよ、と思う。

しかし、実際、映画館に行ったら母親世代のオバチャン~オバアチャンばっかりでびっくりした。
年配の人からしたら、懐かしい感じのする安心して観れる映画なのかも。
ただ、主人公すずが生きてたら今頃100歳ぐらいになっているので、観に来ていたオバアチャンたちの母親世代がドンピシャだと思う。
19で知らない人の家に嫁に行って、気が強い小姑がいたりして、小言を言われたり、工夫したり失敗したり、こんなんだったな~というのは同じだろうけど。
もし、私が東京で一人暮らしを続けていたら、それは遠い世界の話に思えただろうし、地方出身者同士で結婚してお互いの実家と疎遠な核家族で暮らしていても「よく昔の女の人はこんなの我慢できたね」と思っただろう。
私も結婚した時、自分のワガママを全部抑えて、家の人たちの言う通りにやってたので、主人公が実家に帰ると言うと、ダンナさんが「まだ人んちなんか!」と言っていたのに対して、わかるわかると思った。
人んちだよ。
今まで自分の為だけに生きてきたんだもん。

戦争中の広島が舞台なので原爆投下もされるんだけど、他の戦争映画と違ってあまり残虐な感じはしないのは絵柄と主人公の性格によるものだと思う。
ちょっとおっちょこちょいだけど、憎めないキャラクターって漫画に出てくる少女の鉄則で、そういう主人公に観てる人は「私みたい」って感情移入しやすくなってるんだ、と子どもの頃から思っていたけど、全然違うから気をつけた方がいい。自分はあんなに健気じゃないから。
それはともかく、主人公はお裁縫が苦手で特に器量がいいわけでもない普通の娘で、唯一絵を描くのが得意なのに爆弾に当たって右手が吹っ飛んでしまう。
それでも、あまり残酷な感じはしなかった。
私の最初のトラウマ漫画は「はだしのゲン」で、小学生の時に図書館で泣きながら読破して、「もしも、世界が間違っている方向に進んでいる時、私はNOと言えるだろうか?」と見事にゲンの思想に染まった。
戦争の悲惨さは伝えないといけないんだけど、あんな残酷な内容で政治的思想の強い漫画がよくジャンプに連載されたり、図書館にあったよなと思う。
「この世界の片隅に」はそういう部分はなくて、あくまでも普通の生活をしていて、その普通さや平凡さって大事だねと思える話。悪い人も出てこないし。
あと、話に伏線がいっぱい張ってあって、それも良くて、物語は細部に宿るというかディティールが細かく描かれているから、そういう丁寧さは女の人が好きそうな映画だった。
だから、映画館がオバアチャンだらけだったのかな?